■連載/あるあるビジネス処方箋
前回、出世で抜き出る人の特徴について私の考えを紹介したが、その中で仕事をするうえでの処理能力を取り上げた。詳細は前回の記事をご覧いただきたいが、この力がなぜ、社内で認められるために必要であるのかを今回は説明したい。言い換えると、処理能力が低いと上司の心はほぼ間違いなく、その部下から離れていく。30代になり、昇格のスピードが遅れてくるのは得てしてこの力が低い人だ。
特に大企業や中堅企業、メガベンチャー企業の場合、処理能力が抜群に高い人は上司から絶対に重宝される。これらの会社は、いわゆる仕組みが全社に行き届いているからだ。
前回説明したように、処理能力のレベルは基礎学力とも深い関係がある。私の30年程においての観察の限りだが、次のことは自信を持って言える。
・各業界の最上位3番以内(売上、経常利益、正社員数など)の社員で、入学難易度の高い大学(国公立と私立の計10校程)に一般入試で入学した人は総じて処理能力は高い。
・各業界の最上位3番以内の会社に新卒で入社し、昇格のスピードが同期生の最上位1割(同期が30人ならば、3人)に入る人はいわゆるトップエリートと言えるが、この人たちは処理能力が抜群に高い。
・一方で、各業界の上位15~20番(売上、経常利益、正社員数など)よりも下位になると入学難易度の高い大学を卒業していようとも、総じて処理能力が低い。
・各業界の最上位3番以内と上位15~20番との間に人材の質の面で大きな差があり、まさに別世界と言える。
では、トップエリートとは言い難い社員はどのようにして処理能力を高くするのか。
少なくとも、次のことは気をつけることで処理能力が高いと思わせることができる。
①会社の内情に疎い
処理能力の低い人は、社外の私よりも社内の様子や内情に疎い傾向がある。なぜ、こんなことを知らないのだろう、と思うことが多い。会社員でありながら、人事・賃金制度、昇格の仕組み、人事異動や配置転換、労働組合と経営側の交渉、春闘などについて関心がないようなのだ。事業の仕組みや商品、製品、サービスにも興味が弱い。こちらが質問をしても、要領を得ない。社員でありながら、外から会社を眺めているのだ。
せめていくつかの業界紙、社内イントラや社内報、企業内労組の機関紙はひととおり読んで、ある程度の情報や知識を常に得たい。そこに残るならば義務であり、責任だと私は思う。
②部署の内情や各部員の仕事に関心が弱い
①と表裏一体と言える。不本意であろうと、多少は周囲に関心を持つべきだ。上司や同僚らの仕事、その難易度や進捗、課題や問題点を可能な範囲で情報共有するべきなのだが、興味がないようだ。その姿勢が、周囲から跳ね返ってくるのではないか。周りも、その社員から心が離れていく。
①と②の双方に該当する場合、たとえば難易度が10段階で8のレベルの仕事を確実にやりとげても、上司や周囲からはおそらく5ぐらいにしか評価されないだろう。
③上司の指示や助言、指導を理解していない
上司の指示や助言、指導をきちんと聞いていないし、理解していない。一応は職位が上なのだから、この姿勢は、部下としては失格だろう。それどころか、無手勝流で進めてしまうことが目立つ。上司に報告、連絡、相談をする意識も弱い。結果として、ムリ・ムダ・ムラの塊のような仕事の仕方をする。
仕事の経験が少なく、引き出しもほとんどないからなのか、強引に進めることも多い。それが傲慢で、頑固な印象を与えることにもなりかねない。会社員は、これでは上司や周囲からは認められないだろう。
上司の指示や助言を受け入れて、1つずつの仕事を落ち着いて、丁寧に消化していけば問題は基本的にはまず起きない。仮に上司の言っていることを理解できないならば、安易に返事をするのではなく、わかるまで聞き直そう。勇気がいるかもしれないが、いい加減な返事をするのは無責任だと私は思う。
④仕事のリズムが悪い
「会社員の仕事はサーフィンみたいなもの」と私は20代後半の時、上司から言われた。「仕事には完遂するまでの工程がいくつもあり、それぞれの波が来たら(工程が始まったら)その場で乗らないといけない。波に乗らないと、全体のタイムスケジュールが崩れる。その後も波が来るとは限らない。海にひとりで浮いていると、ムリ・ムダ・ムラの塊となり、沈んでしまう」。
こんなことを繰り返し言っていた。今振り返ると、的確な指摘だとは思う。処理能力の低い人は各工程の時間配分ができていない。アバウトで、行き当たりばったりで進める傾向があり、特定の工程のところで必要以上に時間を費やす。全体の進行が遅くなりがちだ。ひとりで仕事をする癖がついているから、いかに遅いかを理解していない。
⑤意思疎通ができない
私が外部スタッフとして、処理能力の低い社員と仕事をすると、苦しいのを通り越し、絶望的な気分となり、その仕事をやめたくなる。なぜ、こんなことを答えられないのだろう、どうしてこのレベルができないのか、などと次々と疑問がわいてくる。
2006年からフリーランスになり、約200人の編集者と仕事をしてきたが、新卒時の入社の難易度が4番以下の出版社で、30代半ばまでの編集者は意思疎通が特に難しかった。言葉が通じない外国人と話し合っているような気分になり、滅入る。たとえば、Aという質問をすると、BやCが抜けて、Dが返ってくる。BやCを聞くのに、何度もメールや電話でやりとりをせざるを得ない。メールの返信はほとんどなく、たまにあっても、その内容が解読できない。
この人たちの上の世代とも苦しむ。特に難しいのは、部下のいない管理職や副編集長(課長)の時期が長い(10年以上)人、40代半ばになっても管理職になれない人だ。原稿料などの支払い時期を頻繁に忘れ、苦痛を感じる。この人たちが、昇格ができない理由がわかる気がした。下の世代である20代の編集者が次々と辞めていくのも理解できた。
高い仕事力=ほかを圧倒する実績、と勘違いする人は多い。だが、この認識は常に正しいとは私は思わない。社員数が500人を超える会社の場合、前回の記事で説明したように1人の社員に必要以上に依存しない仕組みになっている。
ほかを圧倒する実績は野球で言えば、ホームランのようなもの。だが、ホームランバッターは得てして打率が低い。それでは、この規模の会社員は昇格で伸び悩む。むしろ、まずはヒットを打ち、塁に出て、点をとることに貢献する姿勢が求められるはずだ。打率が高いアベレージヒッター、つまりは処理能力が高く、安定感のある仕事を高いレベルで常にする人が昇格する傾向がある。社員数が500人を超える会社に勤務するならば、ぜひ、ヒットを打ち続けてほしい。
文/吉田典史