働き方改革による労働時間の短縮が推奨される中、月60時間を超える時間外労働をしている方は、労働時間がかなり長い部類であるといえるでしょう。
月60時間超の時間外労働については、労働基準法で50%以上の割増賃金を支払うべき旨が定められています。
中小企業については猶予措置が設けられていましたが、2023年4月以降は猶予措置が撤廃され、一律で50%以上の割増賃金の支払いが義務付けられます。中小企業の経営者・労務担当者・従業員の方は、新たなルールの内容を正しく理解しておきましょう。
今回は、月60時間超の時間外労働に適用される労働基準法のルールをまとめました。
1. 月60時間超の時間外労働は働きすぎ? 労働基準法による規制内容
月60時間を超える時間外労働をしている方は、連日夜遅くまで残業をしている場合が多いと思われます。いわば「働きすぎ」の状態ともいえるでしょう。
労働基準法でも、月60時間超の時間外労働が認められるのは、一定の条件を満たす例外的な場合に限られています。
1-1. 時間外労働とは
「時間外労働」とは、法定労働時間を超える労働を意味します。
「法定労働時間」とは、「1日8時間・1週間40時間」です(労働基準法32条)。これを超える時間働いた場合、超過部分が時間外労働に当たります。
(例)
・1日に10時間働いた場合、2時間分が時間外労働
・1週間に50時間働いた場合、10時間分が時間外労働
なお、会社が定める勤務時間は「所定労働時間」であり、法定労働時間とは異なります。
所定労働時間と法定労働時間が異なる場合、所定労働時間を超え法定労働時間の範囲内の部分は時間外労働に当たりません(「法定内残業」として取り扱われます)。
(例)
所定労働時間が1日7時間の場合
→7時間を超え8時間までの部分が法定内残業、8時間を超える部分が時間外労働
1-2. 月60時間超の時間外労働が認められる場合は例外的
労働基準法では、月60時間超の時間外労働が認められるのは、以下の要件をすべて満たす場合に限られます。
1-2-1. 労使協定(36協定)を締結していること
労働者に時間外労働をさせるには、使用者と労働組合等の間で労使協定(36協定)を締結して、時間外労働に関するルールを定めなければなりません(労働基準法36条1項)。
1-2-2. 労使協定(36協定)に特別条項を定めていること
労働者に月45時間を超える時間外労働をさせるには、労使協定(36協定)において特別条項※を定めることが必須となります。
※特別条項:通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い、臨時的に月45時間を超える時間外労働をさせる際のルールを定めた条項(労働基準法36条5項)。
1-2-3. 臨時的な必要性があること
労働者に月45時間を超える時間外労働をさせることができるのは、通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴う臨時的な必要性がある場合に限られます。
(例)
・予算業務、決算業務
・ボーナス商戦などによる繁忙業務
・納期がひっ迫している業務
・大規模なクレームへの対応業務
・重要な事業用機械のトラブルに関する対応業務
など
1-2-4. 時間外労働が特別条項で許容される範囲内であること
労働者に時間外労働をさせられるのは、特別条項で定められた上限時間までに限られます。たとえば、特別条項で「月60時間まで」と定められているのに、月60時間を超えて時間外労働を指示することは認められません。
1-2-5. 以下の制限に違反しないこと
特別条項の範囲内であっても、以下の制限に違反して時間外労働を命ずることは、労働基準法違反に当たります(労働基準法36条6項)。
(a)(坑内労働など、健康上特に有害な業務の場合)1日当たりの時間外労働が2時間以下
(b)直近1か月間の時間外労働・休日労働の合計が100時間未満
(c)直近2か月・3か月・4か月・5か月・6か月間における、1か月当たりの時間外労働・休日労働の平均合計時間が80時間以下
(d)年間の時間外労働が720時間以下
(e)月45時間超の時間外労働を行う月数が、1年のうち6か月以下
したがって、毎月のように恒常的に月60時間を超える時間外労働をしている場合、労働基準法違反に当たる可能性が高いです。
2. 月60時間超の時間外労働に適用される割増賃金率
月60時間超の時間外労働については、原則として、通常の賃金に対して50%以上の割増賃金の支払いが義務付けられます(労働基準法37条1項但し書き)。
これまで中小企業については猶予措置が設けられており、月60時間を超える時間外労働についても、通常の賃金に対して25%以上の割増賃金を支払えば足りるとされていました。
しかし、2023年4月以降は猶予措置が撤廃され、中小企業においても、月60時間を超える時間外労働につき、大企業と同様に50%以上の割増賃金の支払いが義務付けられます。
割増賃金率引き上げの対象となるのは、「資本金の額(出資の総額)」または「常時使用する労働者の数」の要件を満たす「中小事業主」です。
どちらか一方でも要件を満たしていれば「中小事業主」に該当し、2023年4月以降、月60時間を超える時間外労働に係る割増賃金率引き上げの対象となります。
業種 |
資本金の額(出資の総額) |
常時使用する労働者の数 |
小売業 |
5,000万円以下 |
50人以下 |
サービス業 |
5,000万円以下 |
100人以下 |
卸売業 |
1億円以下 |
100人以下 |
その他 |
3億円以下 |
300人以下 |
中小企業の経営者・労務担当者の方は、2023年4月以降、新ルールに従った残業代の支給・管理を行いましょう。
中小企業に勤務する従業員の方は、新ルールに基づく残業代の支給が正しく行われているかどうかチェックすることをお勧めいたします。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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