目標の数字が脳裏から離れず、部下の育成にも気を配り、上司との関係も良好に保たなければならない。何かと気苦労が多いが重要なポジションだからこそ、やり甲斐もある、そんな中間管理職の逸話を紹介する不定期連載、『リーダーはつらいよ』。今回は中古バイクの買取りと販売のバイク王である。
株式会社バイク王&カンパニー バイクライフプランニング事業部小売り担当マネージャー 箕輪都行さん(42)。現在、主に約70店舗の中古バイクの販売店の運営に関するマニュアル作りに携わる。東急大井町線等々力駅に近い、環状8号線沿いの中古のハーレーダビットソン専門店で話を聞いた。店内には200台近いハーレーダビットソンが並ぶ。
新卒第一期、バイク店のイメージ変える!
「学生のときからバイクが好きで、バイクに携わる仕事がしたかったんです」
2003年入社の箕輪は、この会社の新卒第一期である。町のバイク店はツナギ姿の店長と整備工1~2人が油にまみれ、店を切り盛りするという雰囲気を想像するが、「これまでのバイク店のイメージを変えていきたい!」と、会社説明会で当時の社長が熱く語ったことも入社のきっかけだった。
1カ月の研修の後、蘇我駅に近い千葉店に配属。
「人と話をするのが好きなので、営業職に就きたいと思っていました」
連絡をもらった客を訪問し、バイクの買取りに携わった。
安く買い、高く売るのはどこも同じだが、ふつうのバイク店は店長が走行距離、エンジンの状態、フレームに修正がないかを見て、「このぐらいだねぇ」と、買取り金額を客に伝えている。だが、この会社では査定に安心感を抱いてもらえるよう、チェック箇所を充実させ、いち早くIT化したシステムを導入し、より明瞭な形での買取り金額の提示を売りにしていた。
丁寧な査定が客のためになると思ったが…
さて、箕輪が営業をはじめて間がないある日、客のもとを訪ね、400CCのバイクの買取りの商談を行っていた。
サビが出ているし、あまり手入れがされていない。しばらく乗っていないことが一目瞭然だった。バッテリーの交換も必要だ。念入りな査定と明瞭な金額提示が、何より客のためになると思っていた箕輪は、あまりいい状態ではないことを詳しく説明し、査定金額を提示しようとした、そのときだった。バイクのオーナーの30代前半男性の顔が、みるみる不機嫌になっていくのが、見て取れた。
「もういい、帰ってくれ!」
男性は箕輪に強い言葉を浴びせた。客を怒らせたのは初めてだった。彼は戸惑い、
「す、すみません。僕が至りませんでした。申し訳ありません。いったどの点がお気に召さなかったのでしょうか」
とっさにそんな言葉が、彼の口を突いた。
「あなたにとって状態が悪く見えるのは仕方ないけど、独身の頃、このバイクで今の妻とタンデム(二人乗り)で箱根や日光を旅した。僕にとっては思い出のこもったバイクなんだ」
「お客様のその言葉にハッと気づかされましたね」と、彼は言う。
客とバイクのエピソードに耳を傾ける
――何に気づいたのですか。
「車両の背景にはお客様の物語があるんだってことです」
自動車と異なり、バイクは趣味の乗り物という色彩が強い。だからこそ車両のオーナーの思い入れには濃いものがある。
「それからは査定の前に、お客様と車両のエピソードをじっくり聞くよう心がけました」
例えばバイクに憧れがあって、学生時代アルバイトをして、やっと手に入れたのがこのバイクで、友達といろんなところをツーリングしたと、バイクで旅したときの写真をたくさん見せてくれたり。
手入れの行き届いた「ドラッグスター400」という名車を手放す40代の男性は、「実はこのバイクが大好きで本当は売りたくないんだけど、子供の進学資金の足しにしたいんだ」
箕輪はそんな話にじっくり耳を傾け、売り手の車両に対する思い入れを理解したあと、
「お客さまと同じ思いで、乗っていただける方につなげます。お任せください」と、しっかり伝える。柔和な笑顔で大切なバイクをゆだねる数多くの客と、彼は接してきた。
バイク王は50CCの原付バイクから大型バイクまで買い取るが、利益率の高いのは言うまでもなく大型バイクだ。中でもハーレーダビットソンは輸入車の中では一番人気である。
「乗り換えるからと商談に行って先で驚いたのは、家の中にエアコン付きのハーレーダビットソン専用のガレージがあって。バイクの磨き職人が定期的に通って手入れをしているというお客様もいました」
転職を考えたときの上司の言葉は
車両にこだわりのある客の熱い思いに耳を傾け、それを理解したうえで商談を行う。箕輪は自分で編み出したそんな営業スキルで、売り上げ成績を伸ばしたが、ときにはスランプに陥り、転職が脳裏を過ったことも一度や二度ではなかった。
「入社して配属先でお世話になった8歳年上の店長が、今も僕の上司として本部にいます。幸い上司に恵まれたのが、転職しなかった一つの理由でした」
彼は店のスタッフだったころ、店長だったこの上司に「どうしたんだ?」と、声をかけられ思い出を語る。
「仕事がおもしろくないです。会社を辞めたい」
「仕事をしていて楽しかったことはないのか」
「楽しかったとき?そりゃ数字が出たときは楽しい、売り上げが伸びたときは楽しいです」
そんな箕輪に上司は諭すようにこう言った。
「今のままじゃ、自分で数字を悪くしていく一方だよ。なぜかというと、おまえが仕事を楽しんでないんだから、いい接客や商談ができるわけない。まず、おまえが楽しまないと、数字もついてこないよ」
そうなんだ…
箕輪は合点がいった。車両に対する客の想いをじっくり聞く、そんな彼の営業スキルがうまくいっているとき、商談は笑顔に包まれ、いい雰囲気で進められた。
笑顔が少ない場で、いい商談はできない。自然と和やかな雰囲気になれる、自分の営業スキルをしっかり自覚して、自信を持とう。箕輪は改めてそう悟った。
4年目には店長、その後、複数の店舗を管轄するシニアリーダ―、さらにその上へと昇進していくのだが、スタッフ時代に築いた営業のノウハウは彼を支える要になっていく。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama