■連載/ヒット商品開発秘話
環境にやさしく飲料代の節約につながることから、スレンレスボトルにお気に入りの飲み物を入れて持ち歩いている人は多い。だが、炭酸飲料は安全上の理由から入れることができなかった。
その炭酸水を入れて持ち歩くことができるステンレスボトルが誕生。発売と同時に人気に火がつき今も売れ続けいている。タイガー魔法瓶の『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』のことだ。
2022年1月に発売された『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』は、同社独自の炭酸飲料対応せん構造「BubbleLogic(バブルロジック)」と、炭酸の気化を抑える同社独自の「スーパークリーンPlus加工」を採用したことが特徴。サイズは0.5L/0.8L/1.2L/1.5Lの4種、カラーバリエーションはカッパー、エメラルド、スチールの3種で展開している。年間出荷本数10万本を目標に販売を開始したが、発売から3か月で達成してしまった。
次の100年に踏み出す一歩とするために
同社は2023年に創立100年を迎える。『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』の開発は、これからの100年を見据えてこれまでしてこなかった、あるいはできなかったことにチャレンジするという観点から企画された。
開発を担当した真空断熱ボトルブランドマネージャーの南村紀史氏によれば、炭酸飲料を入れることができるステンレスボトルは過去に何度も検討されてきたが、ケガにつながるという理由から断念してきた歴史があった。ステンレスボトルに炭酸飲料を入れるとケガをする危険があるのは、構造上、ボトルの内圧が上がるとキャップやフタなどの破損や破裂につながる恐れがあったため。このような場合の炭酸飲料の炭酸ガスの圧力は、ご飯を炊いているときの炊飯器の圧力と比べものにならないほど大きいと言われている。
しかし、この10年ほど強炭酸水がブームで、炭酸水市場が伸びている。こうした背景から、ステンレスボトルに炭酸水を入れて持ち運びたいといったニーズも高まってきた。
「課題を乗り越え炭酸飲料を入れることができるステンレスボトルを実現することが、次の100年に踏み出す一歩になると考えました」と南村氏。検討されては断念を繰り返してきた、炭酸飲料を入れることができるステンレスボトルの開発の歴史に終止符を打つことにした。
タイガー魔法瓶
真空断熱ボトルブランドマネージャー
南村紀史氏
せんを開けると炭酸ガスが逃げる理由
開発は発売の2年前にスタート。まず、炭酸飲料を片っ端から集めては炭酸ガスの圧力を計測した。新しい炭酸飲料が発売されたら、その炭酸ガスの圧力も計測。自家製炭酸水を入れることも想定し、炭酸水メーカーでつくった炭酸水の炭酸ガスの圧力も計測しているほどだ。「飲料メーカーから次々に炭酸飲料の新製品が発売されるので、開発期間の2年間ずっと炭酸ガスの圧力データどりを行なっていました」と南村氏は話す。
こうして集めたデータなどを踏まえてゼロベースで開発したのが「BubbleLogic」だ。キャップをゆっくり回すと先に炭酸ガスが抜ける炭酸ガス抜き機構と、万が一ボトル内の圧力が異常に高まった場合に炭酸ガスが自動的に抜ける安全弁で構成されている。
炭酸ガス抜き機構は炭酸飲料のペットボトルを参考にした。「炭酸飲料のペットボトルの飲み口にはスリットが入っています。これがヒントになりました」と明かす南村氏。ペットボトルの飲み口のネジ部にはベントスリットと呼ばれるもの入っているが、これがあることで開栓と同時に飲料に溶けず溜まっている炭酸ガスが逃げるようになっている。
これは活用できることから、2本のスリットを入れることに。キャップをゆっくり回すとスリットから炭酸ガスが逃げるようにした。
キャップを外し裏側から見たところ。スリットが1本見える。もう1本は反対側に刻まれている
安全性を考慮して、キャップも一般的なステンレスボトルよりネジのかかりを多くしている。これにより、炭酸ガスの圧力にもしっかり耐えられるようになっている。
自社の炊飯器からヒントを得た安全弁
安全弁は、ボトル内の炭酸ガスの圧力が異常に高まると開き、自動的に炭酸ガスが抜けるようになっている。
構造は身近にあったものをヒントにした。身近なものとは炊飯器。同社の炊飯器ブランド『炊きたて』には圧力を可変させることができるモデルがあり、そこに使われている圧力制御の技術を応用してつくった。
ところが、安全弁については搭載の要否が社内で議論になった。「真夏の車内に炭酸飲料を入れたステンレスボトルを数日置きっ放しにしたことによる破裂などを想定して安全弁の搭載を考えたのですが、『そこまでしなくても十分なのでは?』といった声もありました」と南村氏。搭載に疑問の声もあがった中で搭載を決めたのは、これまで100年近く、安全・安心を最優先に考えてものづくりをしてきたという自負。大切にしている価値観が安全弁搭載の決め手になった。
ステンレスの表面を鏡面にすることで炭酸の気化を抑える
ボトル内面に施した「スーパークリーンPlus加工」は、洗いやすくするために以前から同社のステンレスボトルに用いられている。薄く引き伸ばしたステンレスに電解研磨をかけるもので、仕上がり状態は鏡面。未加工のステンレスと比較すると、違いは一目瞭然だ。
「スーパークリーンPlus加工」を施していないボトル(左)と施したボトルの違い
「スーパークリーンPlus加工」に炭酸の気化を抑える効果があることは、『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』の開発でわかったことだった。ボトル本体でできることを模索する中で、以前から活用してきた「スーパークリーンPlus加工」をつぶさに検証してみたところ、炭酸の気化を抑える効果があることがわかったという。
カスタムボトルの販売も開始
2022年1月11日に製品発表会を実施。各メディアがこぞって記事にしたところ、多くの反響を集めた。発売時、炭酸飲料を入れることをできたのは国内メーカーでは『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』だけだけだったこともあり、インパクトの高さから注目を集め、長いこと話題にのぼり続けた。
発売後は「炭酸OK」「炭酸解禁」と、炭酸飲料も入れられることを全面に押し出して訴求。4月からはデジタル広告の出稿も開始している。
同じく4月に、『真空断熱炭酸カスタムボトル(保冷専用)』を発売。ステンレスボトルの限定モデルの販売に特化した同社のD2Cサイト『タイガーボトルサイト』でのみ販売している。
カスタムボトルは『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』と異なりボトル本体は無塗装。その代わり、炭酸対応せんと底ラバーはミントソーダ、ライムスカッシュ、モスフォレスト、スターゲイズの4色から好きなカラーをチョイスできる。
取材からわかった『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』のヒット要因3
1.ニーズに応えた
炭酸飲料を入れて持ち運びたいというニーズの高まりを受け開発。安全に使えるものができ、ニーズに応えることができた。
2.丁寧かつわかりやすい説明
いままで推奨できなかったものが推奨できるようになると、その理由をきちんと理解してもらわないと信頼されるまでに時間を要する。そういう意味もあり、報道発表の時点から炭酸飲料を入れられる理由を自社HPなどで丁寧に説明。理由の周知に努めた。
3.インパクトが大きい上に持続した
炭酸飲料を入れて持ち運ぶことができるステンレスボトルは、開発が見送られ続けてきた。しかし、そんな現状を打破。そのインパクトは大きかったが、持続することもできた。
『真空断熱炭酸ボトル(保冷専用)』は、グローバルモデルとして海外でも展開。アメリカ、台湾、香港ではすでに販売が始まっている。中国でも近日中に発売される予定で、ヨーロッパでも販売したい考えだ。南村氏は「ガス入りミネラルウォーターの本場であるヨーロッパで受け入れてもらえるようにしたい」と今後の抱負を明かす。
製品情報
https://www.tiger.jp/product/bottle/MTA-T.html
文/大沢裕司