持続可能な社会発展にコミットするイノベーションを紹介する「サステイナブルな企業のリアル」。今回は海藻から抽出するアルギン酸という天然素材のお話である。
株式会社キミカ、2020年12月期の売上高は95憶円。従業員は約180名。代表取締役社長は笠原文善さん(65)。父親の先代社長が80年前に創業したこの会社は、日本で唯一のアルギン酸の専門メーカーだ。アルギン酸は昆布やワカメ等の海藻から抽出される。海水中で揺らぐ海藻のしなやかさは、アルギン酸の特性によるものといわれる。このアルギン酸、身近なものに使われているのだ。コンビニの生野菜を挟んだサンドイッチのパン生地がベトッとしないのも、即席麺のシコシコとした触感も、アルギン酸の持つ保湿力と粘度等による効果だ。この会社が製造するアルギン酸のスベックは500種類以上。その用途は食品、化粧品、医薬品と幅広い。2020年12月には政府主催の「第4回ジャパンSDGsアワード」では特別賞を受賞している。
“もったいない”からの発想
笠原文善の父で創業者の文雄は、信州の製糸工場の経営者の家に生まれた。中国戦線で負傷し、転地療法に訪れた温暖な千葉の君津で、海岸に漂着した海藻の山を目にする。
漁師が見向きもしない海藻だが、もったいない。何か資源にすることは出来ないか。
アルギン酸ナトリウム(以下・アルギン酸)は19世紀後半、スコットランドの科学者によって発見された。海藻から抽出するアルギン酸の粘性の応用範囲は広い。海外ではすでにアルギン酸の工業化が始まったことを文献で知った文雄は海のゴミ、海藻を再利用する研究に没頭した。海岸で集めた海藻をドロドロに溶かして水を加える。その液体からアルギン酸を取り出すため、機械で泡を水溶液に含ませる。
そんなある日のことだ。従業員が機械の回転数を上げ過ぎた。「強かくはんしたら、電気代がもったいない!」語尾を強めた文雄だが、白濁するぐらい泡が入ったドロドロの液体は、時間を置くときれいに3層に分離。上と下の海藻の繊維や砂などの層に挟まれて、真ん中に透明なアルギン酸の層が形成されているではないか。偶然から誕生したこの手法は浮上沈降分離法と名付けられた。この手法を用いてアルギン酸を抽出し乾燥させて製粉にする。大量生産が可能となり、笠原文雄は1941年に千葉県の君津に会社を起業した。
戦後はアイスクリームから
太平洋戦争に突入し物資のない時代に、会社は軍需工場に指定され、アルギン酸は地質のボーリング調査の際の潤滑油等の代用品に使用されたが、終戦で輸入物資が潤沢になると、代要品としてのアルギン酸の需要は喪失。再び軌道に乗ったのは、進駐軍が好んで食べたアイスクリームだった。
「アイスクリームは、牛乳と砂糖を泡立てて凍らせたものです。微量のアルギン酸を入れると、温度が上がってもアルギン酸のゲルネットワークで泡を逃さず形が崩れない。おいしいアイスクリームが食べられるわけです。
昭和30年代はアイスクリームに対する売上げが圧倒的でした。ところが当時、アイスクリームは季節商品で夏場はアルギン酸が飛ぶように売れ、秋風が吹くと在庫の山。その後、昭和40年代に入ると、アイスクリームは年間を通して売れる商品になりました」
当時、粘度計やビーカー等を設置し、家の和室を研究室に改造して、黙々と研究に打ち込む父親の姿が、文善のまぶたに残っている。文雄の人生はアルギン酸一筋だった。
食品添加物という“縛り”
――食品衛生法では食品添加物を指定していますが、アルギン酸もその一つですね。
「日本は安全な食品添加物をリストアップしました。昭和30年代、厚生省にデータを提出し、食品添加物のリスト入りを果たし、大手を振って利用できる形になったのですが」
――昭和40年代中頃、アメリカで人工甘味料のチクロに発がん性の疑いがあるというレポートが公表され、“食品添加物は悪いモノ”という消費者団体の運動が盛り上がりました。
「食品添加物だとハンデを負わされ、冷や飯を食わされた時代もありました」
厚生省の担当官とは当時、こんなやり取りが交わされた。
「海藻から抽出したアルギン酸は自然由来で、100%の天然物は添加物と登録する必要はないはずです」
「でも、製造の過程で化学的手法を用いている。化学的合成品は法律で食品添加物とみなされます」
木で鼻をくくったような行政の対応が変化したのは、お決まりの外圧だった。
「昭和60年代に外務省を通して、アメリカから問題提起があったんです。“そもそも欧米では天然物は安全で、合成物は危険という発想はない。食品に入っている物質を全部表示すべきだ”と。表記した上で食べるかどうかは消費者が判断するという発想です」
1991年の食品衛生法の改正で、天然品と合成品の区別なく、すべての物質名の表記が義務付けられた。食品添加物のみがクローズアップされるそれまでの表示が変化したことは、アルギン酸にとって追い風だった。
コンビニの追い風に乗って
さらなる追い風は、1970年代後半から爆発的に増えたコンビニエンスストアの存在だった。2000年に入ると、大手コンビニの一つが、“合成の保存料と着色料の不使用”を宣言。天然由来のものはその限りではないとした。
――海藻から抽出したアルギン酸は、100%天然由来ですね。
「アルギン酸は増粘剤、増粘多糖類といって粘度を増すものです。コンビニのお弁当コーナーのサンドイッチや麵を、おいしくするために使っていこうと。合成保存料と着色料の不可を謳う、大手コンビニエンスストアの商品に、アルギン酸が堂々と表示されたことで、大手の製パンメーカーや大手食品メーカーが、うちも使おうじゃないかとなりました」
――市場拡大の一因になったわけですね。
「例えばゼリーならプリンプリンの固いものか、プョプョの柔らかいものにするのかで、アルギン酸のレシピが違ってきます。ワンユーザー、ワンスペックという感じで、今では商品に合わせて、配合の異なる500種類以上のアルギン酸を出荷しています」
商品に合わせたスペックの多さが近年、底なし沼のような価格破壊で、多くの日本企業を凌駕する中国企業の進出を跳ね返すのだが。海藻を求めてチリへの進出や、ジャパンSDGsアワードでの特別賞を受賞への道のりは、明日公開する後編で詳しく。乞うご期待。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama