■連載/あるあるビジネス処方箋
新卒(主に大卒、大学院修士)採用をするベンチャー企業のエントリー者を募る、いわゆる母集団形成について私の考えを述べたい。この場合のベンチャー企業とは、創業15年以内とする。また、正社員数が1000人を超えるような、いわゆるメガベンチャー企業は省く。
ベンチャー企業の採用担当者やその上司(採用ヘッド)が、私の取材で例えば、「弊社のエントリー者数は創業5年で3000人を超えました」と答える場合がある。この数字をそのままうのみにするのは、避けたほうがいいと私は思っている。そもそも、少子化の時代の今、そんな人数を集めることができる企業は極めてごく少数だ。相場としては、次のものだ。
一流の大企業やメガベンチャー企業:プレエントリー 5万~
本エントリー 5000人~
超有名なメガベンチャー企業の役員が「創業15年目でようやく、本エントリー者が5000人を超えた」と2010年前後に取材で答えていた。通常、3000~5000人のエントリー者を集める場合、順調に進んで少なくとも15~20年はかかるものなのだ。大多数のベンチャー企業はこんなところにたどり着けない。
では、なぜ、創業数年でエントリー者が3000人を超えるベンチャー企業が存在するのか。それは、次のような取り組みをしているからだ。
①人材紹介会社からの紹介
20年程前までは人材紹介会社を使うのは中途採用が多かったが、この15年程はベンチャー企業が新卒採用で使うケースが増えている。
担当者やヘッドが約5~15の人材紹介会社の担当者と連絡をとり、求めている人材(学生)を伝える。そのうえで紹介を受け、好ましいと思える学生には会社説明会を受けるように誘う。
通常、大企業やメガベンチャー企業は求人サイトや自社の求人サイトにてエントリー者を募る。わざわざ、紹介会社から紹介を受けなくとも、大量にエントリーする学生がいる。
シビアなとらえ方をすると、知名度の低いベンチャー企業もこの人材紹介会社を使えば、エントリー者は短い期間で増えるだろう。そもそも、このようなやり方が「母集団形成」と呼べるのか、私には釈然としないものがある。
②スカウト
これも、この10数年間でベンチャー企業の新卒採用に浸透した。学生をスカウトするウェブサイトがあるが、その中から求めている学生を選び、会社説明会を受けることを案内する。いわば、ハンティングをする姿に近い。一流の大企業やメガベンチャー企業は新卒採用ではまずしない。このスカウト方式ならば、エントリー者数を短い期間で激増させることは確かに可能なのかもしれないが、私は「母集団形成」とは言わないように思う。
③Twitter
ベンチャー企業の採用担当者やその上司(ヘッド)がTwitterを運用している場合がある。採用に関することをつぶやき、からんできた学生がいるとそのプロフィールを見てチャンスあり、と思えばメッセージを送り、会社案内を受けるように誘うのだという。さすがに、これは「母集団形成」とは言わないだろう。
これら①~③は、従来までの母集団形成とは言わないものばかりだ。通常、求人サイトや自社の求人サイトの一定期間にエントリーした人を「プレントリー」もしくは「エントリー」と呼ぶのだ。
雑誌やネットニュースの新卒採用に関する記事を読むと、このあたりを混同視しているケースが少なくない。冒頭で述べたように、例えば「弊社のエントリー者数は創業5年で3000人を超えた」といった企業側の回答をそのまま報じているような記事もある。本来、取材者は「どのような方法で短い期間で大量の学生を集めたのですか?」と確認すべきだ。まず、ベンチャー企業はわずか数年で求人サイトや自社の求人サイトだけでこんなに学生を集めることはできないのだ。
新卒採用に関わる大企業やメガベンチャー企業の採用担当者は、このからくりを心得ておくべきだ。つまり、一部のベンチャー企業が「エントリー者が数年間で数千人になった」と言ったとしても、焦る必要はない。今回、私が書いたことを思い起こしてほしい。また、学生の側も「あのベンチャー企業はエントリー者が多い」などと思わないほうがいい。
大多数のベンチャー企業は、一流の大企業やメガベンチャー企業には採用力において勝てない。それは、否定しがたい事実なのだ。なお、下記は厚生労働省が大卒の新卒者が入社3年間で辞める率を会社の規模別に示したものだ。規模が小さくなるほどに、離職率が高くなるのがわかる。大多数のベンチャー企業はこのデータで言えば「100人~499人」の範疇になる。これが、現実なのだ。
文/吉田典史