■連載/あるあるビジネス処方箋
今回は、中途採用者が全社員の8割を占める会社で起こりやすい問題を私の視点でとらえたい。舞台となる会社は、都内の出版社で正社員数は300人ほど。創業50年を超える。2007年から昨年までコンビを組んで仕事をした編集者は計12人。平均年齢は、30代半ば。男性が10人、女性は2人。このうちすでに退職した人は3人、グループ会社に転籍した社員が1人いる。
ここ数年間で計12人から聞くと、この会社の編集者は現時点で70人ほど。うち、中途採用は約60人。60人の前職が多種多様だ。聞く限りでは、以下の業種・職種から転職してきたようだ。
・全国紙の記者(支局記者で、入社3年で退職)
・タブロイド版の新聞の広告担当
・大学および予備校講師
・大手メーカー
・大手金融機関
・大手証券会社
・編集プロダクションで編集者
・フリーライター(小売業界を専門とする)
・中堅出版社で書籍編集者
・中堅出版社で新書編集者
前職では、わずか5年以内で退職した人がほぼ全員。20代後半から30代前半で中途入社するのが、大半を占める。キャリアと実績は乏しいのだ。12人に聞くと、仕事について深い話し合いはできないという。互いに共通の認識がほとんどなく、自分の考えを譲らないケースが多いらしい。しだいにうわべだけの、当たり障りのない話しかなくなるようだ。12人のほとんどが、「入社前と入社後のイメージがまるで違う。会社の態勢や仕組みが全然、機能していない」と話す。
これは、ある意味で当然と私は思う。中途採用者70人のバックグランドがここまでバラバラになると、全社規模で社員教育を徹底して繰り返し、情報・意識・目標の共有をしないと、組織としてチームとして効率よく動くのは難しい。多種多様な人を雇い、各部署に任せて野放しならばまとまりがなくなるのは常識的な結末だ。
うわべだけの、当たり障りのない話しかしないようでは個々の社員の仕事力が伸び悩むのも無理はない。特に30代半ばまでくらいは1つずつの仕事について上司や周囲から良質なフィードバックを受けることで仕事力はついていく。
上司(管理職)の大半が中途採用で入社し、他の管理職や一般職である部下と踏み込んで話し合うことが少ないようだ。上司と部下ですら本音を語りあわず、けん制し合う。20代の経験が浅い時期から1人の判断で仕事をするのだから基礎力が一定のペースで養われず、30代になって行き詰まるのは当然だろう。
この会社は、出版業界の新卒時の入社難易度ではA級(最上位の3社)に準じるB級(4~20位)に位置する。だが、社員の仕事力はB級のほかの出版社と比べると、数ランクは確実に低い。
これも当然のこと。中途採用者が全体に占める比率が極端に高い。私の観察では、B級の会社の場合、中途採用者5割前後のケースが多い。8割を超えるのは珍しい。ここまで中途採用者を増やすならば、組織やチームを用意周到に作らないと育成などできるわけがない。
この会社は10数年前に経営危機となり、それ以降、銀行から役員を数人送りこまれている。所有していた不動産を売却し、危機を乗り越えつつあるようだ。だが、長引く出版不況のため、業績は伸び悩む。時間をかけて育成はもうできない、として中途採用で新卒よりも多数雇うらしい。中途は毎年平均5~7人、新卒は3~5人。
経営危機以前からすでに新卒採用では、ほかのB級の会社に比べても見劣りしていたという。採用力のバロメーターと言える母集団形成では、プレエントリーは800~1000人、本エントリーは300~500人を10数年間、推移していた。内定者は5~7人。倍率は、50~70倍。この数は企業社会全体の相場からすると、大企業やメガベンチャー企業ではまずありえない。中堅企業に近い。
この数字ではおそらく、優秀な学生を選ぶことは難しい。セレクトに次ぐセレクトができないために、妥協して採用をせざるを得ない。例えば、自社にとってマッチするか否かを社風、歴史、社内や各部署の実情、社員の年齢構成、本人の基礎学力や経験、適性、性格や気質、キャリア形成の考えから検証し、内定を出すことができない。少ない数から選ぶために、マッチしないと思える学生も採用せざるを得ない。だからこそ、20代の定着率はすこぶる低い。経営状態が芳しくない中、次々と辞めていくから、やむを得ず、中途採用に果敢に踏み込まざるを得ない。
すると職場が混とんとし、辞めていく人が増える。つまりは、悪循環なのだ。A級の会社や一流の大企業やメガベンチャー企業はこの悪循環に陥るのを避けるために、毎年、相当なコストと時間、エネルギーをかけて大量の学生を集め、厳選のうえ、有望視される人材を選ぶ。入社後、不発で終わる人も相当にいるし、不祥事を起こす人もいるが、この数が全社員に占める比率はB級、C級や中小企業、ベンチャー企業よりは低いはずだ。
中途採用を進めることは何ら問題ない。その数が多くなる以上、組織やチーム作りをしないと、後々、全社規模で苦しむことになる。ここまで視野を広げて、中途採用のあり方を考えるべきなのではないか。
文/吉田典史