働き盛りの世代が知っておくべき健康寿命を延ばす術を紹介する「忍び寄る身近な病たち」シリーズ。今回は出口が見えないコロナ禍の時代をサバイブする中で、最も基本となる免疫力について取り上げる。レクチャーをお願いしたのは今年4月、『新しい免疫力の教科書』を上梓した根来秀行医師である。先生はハーバード大医学部客員教授、ソルボンヌ大医学部客員教授、奈良県立医科大医学部客員教授、信州大特任教授、事業構想大学院大理事・教授を歴任する。
自然免疫チームと獲得免疫チーム
まずは免疫力とは何か、根来先生は解説する。
「免疫とは外から異物、つまり外敵が入ってきた時や体内にできたガン細胞のような異物を排斥する力、機能のことです。“免疫力”という言葉は、医学用語ではないですが、その機能がしっかり働いているかどうかをわかりやすく表したものです。一般的に、外敵や体内に不都合なモノを排斥する力が、下がっていると免疫力が弱い、逆に一定の抵抗力が保たれている状態を免疫力が高いと表現しています」
先生の著書を参考に、免疫のシステムについてザックリ説明すると――
免疫は生まれつき身体に備わっている自然免疫と、病気にかかることで得る獲得免疫の二つの働きに分けられる。コロナ禍の中、例えば病原体がウィルスの場合、「まず、自然免疫チームが第一段階として、広く浅くウィルスと戦います。一歩遅れて獲得免疫チームが登場し、より強力な攻撃をウィルスに加える」
自然免疫チームから受け取ったウィルスの情報に基づき、獲得免疫チームの中のB細胞が抗体という、特殊な武器を作りそのウィルスをターゲットとした攻撃を展開する。
ワクチン接種は、あらかじめウィルスや細菌に対する抵抗力を作り出し、病気になりにくい身体にする。B細胞はウィルスの情報を記憶し、次に同じウィルスが侵入した時は素早く反応できる。
毛細血管の流れをスムーズに保つことが大切
――免疫力がしっかり働けば、新型コロナウィルス等の病原体が体内に侵入しづらくなり、病気に罹りにくい。あるいは重症化しにくいわけですね。バリアのような働きをする免疫力を高めるには、どうしたらいいのでしょうか。
「ポイントはまず、身体の隅々まで張り巡らされている毛細血管と毛細血管に沿って全身に行き渡るリンパ管です。直径1000分の1㎜の毛細血管の役割は酸素と栄養素を細胞に運び、二酸化炭素や老廃物を回収することの他に、必要なホルモンを必要なところに届けて身体を適正に制御したり、免疫細胞を届ける役割も担っています。
例えばウィルスがノドに付着したら、その周辺の毛細血管めがけて自然免疫チームのマクロファージ等が駆け付ける。次に毛細血管に沿って全身に張り巡らされるリンパ管のリンパ液にのって、獲得免疫チームの免疫細胞が駆け付け、ウィルスを撃退していく。
毛細血管の流れがよくなれば、リンパ管の流れもスムーズになります。毛細血管のルートが保たれていないと、免疫細胞が必要なところに届かないわけです」
――免疫力を高めるには、毛細血管の流れをスムーズに保つ必要があるということですが、そのためには?
「自律神経がポイントですね。呼吸や脈拍といった生命活動を自律的にコントロールする自律神経は毛細血管とも密接に関係し、交感神経と副交感神経のバランスの中で調整を担っています。交感神経が優位になると、全身の末梢の毛細血管が蛇口を閉めるように収縮する。それによって血液が脳や心肺系や筋肉など、身体の中心に集まります。
逆に副交感神経が優位になると蛇口が緩み、全身の毛細血管に血液が流れやすくなる。体の隅々まで免疫細胞が届けられやすくなるのです」
呼吸で副交感神経を優位に
免疫機能の強化、そんな仕組みのもとをたどると、副交感神経を優位にすることの重要性に行きつくと、根来先生は言葉を続ける。
「睡眠中や食事中など、リラックスしている時に優位になるのが副交感神経です。副交感神経が優位な時は、全身に酸素と栄養素が運ばれて各細胞は元気な状態が保たれる。それと同時に、副交感神経はリンパ球を活性化させます。免疫細胞の中でもリンパ球は、ウィルスやガン細胞と戦う力が強く、免疫機能は高まります。
ところが日常的に強いストレスを抱えていたり、夜遅くまでスマホを見ていたりといった生活が続くと、交感神経ばかり優位になってしまう。毛細血管に血液が十分に通わず緊張状態が続き、なかなかリラックスできません。また男性は30代、女性は40代の頃から副交感神経の働きが低下する傾向にあります」
免疫力を高めるには副交感神経を優位にして、全身の毛細血管へ血液が流れやすくし、免疫細胞を届けやすくすることが重要だと、根来先生は説く。
――では副交感神経が優位にするには、どうすればいいのでしょうか。
そんな問いに、先生は呼吸法を勧めるのだ。
「私が呼吸法を提唱するのは、自律神経に意識的にアプローチできる一番わかりやすい方法だからです。
胸腔と腹腔の境界にある筋肉の横隔膜には、自律神経のセンサーが張り巡らされています。例えば、緊張した時に深呼吸をするとリラックスすることがありますが、そんなときは副交感神経が優位になっている。
副交感神経を働かせるためには、腹式呼吸をすることがポイントです。おなかを膨らませながら息を吸い、吐きながらおなかをへこませる。特にゆっくり息を吐く際に横隔膜が緩み、副交感神経を高める効果があります」
基本の腹式呼吸法の他に先生は、「4・4・8呼吸法」「リンパを流す呼吸法」(図参照)等も、提唱している。
「1時間か1時間半に1回程度、腹式呼吸を行えば、副交感神経が優位になる時間が増し、毛細血管が開いて全身に行き渡るリンパ球が増え、免疫力が高まることに繋がります」
出典:『新しい免疫力の教科書』朝日新聞出版
もちろん免疫力が高まっても、ウィルス等の病原体を完全にブロックすることはできない。コロナ禍の今、免疫細胞が闘いやすい条件を整えるために、マスクの着用や手洗いの大切さ、うがいを頻繁に行なうことを先生も奨励する。
質のいい睡眠と体内時計を意識しよう
そして、免疫力を高めるには質のいい睡眠が欠かせないと、根来先生は強調する。
「睡眠中は副交感神経の優位が継続しやすい。副交感神経優位だと全身の毛細血管が開きやすく、免疫細胞が届きやすい。また、ウィルスと闘うリンパ球が優位になります。つまり、ウィルスと闘いやすい時間帯となるわけです。風邪をひいて一晩ぐっすり眠ると、治ったということはよくある話で、実際良い睡眠をとると風邪をひきにくいという研究もあります。新型コロナウィルスも風邪の原因ウィルスであるコロナウィルスの一種なので、質のいい睡眠が防御機能を高めると推測できますね」
――でも、なかなか寝付けなかったり、眠りが浅かったり、睡眠に対して悩みを抱えている人が多いのも事実です。
「そんな人は雑念を減らすために瞑想を取り入れたらどうでしょうか」
根来先生が推奨する一つが、マインドフルネス瞑想呼吸という方法だ。仰向けになり自然に呼吸、胸やおなかの動きに意識を向け、息を吸うときに「膨らみ、膨らみ」吐くときに「縮み、縮み」心で唱える。浮かんだ雑念は風呂敷に包んでポイっと捨てるイメージを持つ。心を落ち着け余裕が出たら、身体の隅々で呼吸するイメージを抱いてみる。
睡眠を深くするためには寝具や寝室の空間等、睡眠環境も密接に関わってくる。就寝の数時間前から部屋の照明を落としていくとか、部屋の温度、湿度、寝具等、生理的に自分に合致した形を整えていくことは重要である。
出典:『新しい免疫力の教科書』朝日新聞出版
さらに、質のいい睡眠を得て免疫力を高めるために、身体の根幹を整える体内時計を意識することが、欠かせないと先生は指摘する。
「身体の活動と休眠、オンとオフのリズムを作り出している体内時計は、身体を支える二つの制御システム、自律神経とホルモンのベースとなります。朝、カーテンを開けて朝日を浴び、体内時計の時刻をきちんと合わせる。起床後は交感神経が優位になり、日が暮れる頃には副交感神経が優位になっていく。体内時計がきちんと動いていれば、自律神経の切り替わりが自然と行なわれます。
睡眠ホルモンのメラトニンは、体内時計に従っている大きなホルモンで、起床から15~16時間後の分泌がはじまり、入眠から約2時間後に分泌量が最も多くなります。メラトニンがたくさん分泌するほど、質の良い睡眠が得られるのです。深く質の良い睡眠によって、成長ホルモンがたくさん分泌されます。成長ホルモンは身体をリカバリーするホルモンで、身体をメンテナンスするうえで欠かせない物質です」
誰もができることを提唱していく
免疫力を高めるために、全身に張り巡らされている毛細血管の流れをスムーズにし、免疫細胞を届けやすくする。そのために呼吸法を意識して副交感神経の優位な状態を心がける。質のいい睡眠も免疫力向上に欠かせない。そのために瞑想呼吸法を推奨。体内時計をきちんと合わせ、メラトニンの分泌を促し、質のいい睡眠を獲得して大量の成長ホルモンを獲得し、免疫力よりいっそう高める。
「健康的な生活をするために、誰もができることを提唱していく、それが僕の目指すところです」
――先生の著書、『新しい免疫力の教科書』のあとがきに、“一番精緻にできているのは人の体であり、体本来の力を引き出すことこそが健康的で実りある生活を送るうえで最も大切”とありますが、最後にその言葉の意味するところを聞かせてください。
「自分の身体本来の力を引き出すことを意識してほしいのです。在宅勤務の合間にウォーキングをするのもいいでしょう。スマホの操作やリモートワークで、“IT猫背”が問題になっていますが、1日に何回か姿勢を整えたり、呼吸法を取り入れ生活にメリハリを付けたり。
コロナ禍の逆境をバネに自分を見つめ直す。そして健康増進につなげるチャンスにしていく。それが今後もしばらく続くかもしれない新型コロナウィルスの脅威を減らす一つの方法かもしれません」
根来秀行
医師、医学博士。東京大学大学院医学系研究科内科学専攻博士課程修了。ハーバード大学医学部客員教授(Harvard PKD Center Collaborator, Visiting Professor)、ソルボンヌ大学医学部客員教授、奈良県立医科大学医学部客員教授、信州大学特任教授、東京大学客員フェロー、事業構想大学院大学理事・教授。専門は内科学、腎臓病学、抗加齢医学、睡眠医学など多岐にわたり、最先端の臨床・研究・医学教育の分野で国際的に活躍中。
『新しい免疫力の教科書』朝日新聞出版
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama