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話題のDX小説第6話【TOKYO 2040】聳え立っていたもの

2021.09.22

コロナ禍を機に、一気に加速した「DX」だが、その行きつく先にはどんな未来が待っているのか。昨年の都知事選にも立候補した小説家、沢しおんが2040年のTOKYOを舞台にIT技術の行く末と、テクノロジーによる社会・政治の変容を描く。

※本連載は雑誌「DIME」で掲載しているDX小説です。

第5話はコチラ

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第1話はコチラ

【これまでのあらすじ】
 二十年のうちにデジタル化が浸透した二〇四〇年の東京。一年後にその役目を終えることになった「デジタル推進課」に葦原アサヒが異動してくる。住民の失踪とともに個人情報データが消失するという事件が発生。消息の手がかりを得ようと住民の妹が情報公開課を訪ねて来たが開示できる情報はなく、空虚さを感じた葦原に櫛田が声をかけた――。

聳(そび)え立っていたもの

 葦原が「どうも」と言いかけた時、すでに櫛田は立ち話の距離にしては随分と近づいてきていた。

「葦原さん、情報公開課に行ってたんだ? 淡路さんが珍しく来てたのはそれでだよね。億劫そうにしてたでしょう」

 淡路があまりに厄介そうに対応していたのは、あの三十分ほどのやりとりのためにわざわざ出勤してきたからだとわかった。

 情報公開課における行政資料の照会や閲覧希望者への貸し出し業務は、文書のほとんどが電子化された今ではオンライン対応が基本となっている。

 徹底したRPA導入と無人窓口への移行は、変異を繰り返して流行する感染症への対策というだけでなく、少子高齢化や震災で職員数が減ったこの時代には欠かせないセオリーだ。庁舎内でも部局のフロアは縮小され効率的に集約されており、情報公開課と文書課が隣同士なのも合理化ゆえの配置だ。葦原のいるデジタル推進課も来年には「くらしと生活局」に統合されることから、このフロアの仲間入りをすることになる。

「確かに淡路さんの様子、穏便に済ませてしまいたい様子でした。櫛田さんも出勤だったんですか」

「私ね、在宅勤務したことなくって。毎日来てるんだ」

 櫛田の回答は意外に思えた。民間では自営業を除くと週三日勤務や完全オンラインの仕事ばかりになっている。公務員もそれに近づいていて、知事が職員に推進している月に一度の『全庁テレワークの日』の達成率は九十九パーセント。彼女はその残りの一パーセントの中に入っていることになる。ワーケーションも導入されている今では「勤労者」と揶揄されるレベルだ。

「毎日って週五日ですよね。通勤しんどくないですか?」

「全庁テレワークの日だって任意で出勤して良いし、そんなに驚くことかな」

「もっと上の人ならそれでも平気と思いますが」

 課長以上の役職者なら週五日出勤するのが当然だった時代を過ごしているが、それより若くなると、働き方改革の浸透で様々な勤務形態をとれる世代になる。

「血筋かも。まだ私が小さい頃の話。祖父も公務員だったんだけど、頑固でね。感染症の流行で在宅勤務を言い渡された時でも、ずっと対策本部に出勤して仕事してたって。祖母はウイルスを連れて帰ってこないか怖がってたみたいだけど」

「お祖父さん、責任感の強い人だったんですね」

 気になる言葉だったのか、櫛田は「どうだか。仕事人間で気難しいだけ」と言って目を逸らした。

「葦原さんはこれから戻ってどうするの?」

「どうって、推進課で報告したら帰りますが」

「私ね、帰りに旧庁舎の跡地を見に行こうと思ってる」

「取り壊してるやつですよね。庁内ニュースで見ました」

「ほとんど更地になったんだって。今のうちに見ておかないと損じゃない?」

「そんなものですか」

 櫛田が何故更地などに興味を持っているのかを測りかね、葦原は素っ気ない返事をした。

「……反応が薄い」

 整った顔立ちにぐっと眉が寄る。葦原は淡路から「温度が低い」と言われたことを思い出す。櫛田にも冷たい人と言われそうで、慌てて付け加えた。

「何となく、見てみたいかもしれないです」

 言ったあと、葦原は「しまった」と感じた。

 ──旧庁舎の跡地。

 かつて西新宿にはツインタワーを擁する東京都庁第一本庁舎と第二本庁舎が聳え、都議会議事堂が並び建っていた。一九八〇年代後半のバブル景気に設計されたビルは威容を誇り、東京都を象徴するランドマークとして機能した。二〇二〇年にCOVID-19が流行した際は、当時の都知事によって「東京アラート」と名付けられた真っ赤なライトで照らされ、執政の過剰なアピールに使われたこともある。

 そして建設から五十年を経て、葦原と櫛田の眼前に広がっているのは立派な高層建築ではなく、荒漠とした更地だった。ツインタワーを解体することは、震災で傷んだ建物を使い続けるのが難しくなったという表向きの理由だけではなく、混迷の時代を終わらせ州都として行政の刷新を願う都民にとって、失望続きの過去を払拭する儀式でもあった。

「こんなふうに何にもなくなっちゃうんだ」

 公園通りに架かる歩道橋の上から見渡すと、所々に地下道の構造(ストラクチャー)がむき出しで見え隠れしていて、地下まで重機で掘り下げている様子だった。

「古さだけで言えば、推進課の分庁舎《はなれ》のほうが先に取り壊されそうなのに」

「あそこは文化財みたいなものなんだから保護しないとだめでしょ」
「来たことあるんですか。本庁舎の職員には縁のない建物だと思っていました」

「あるよ。ご神木のことも知ってる。それにお払い箱なんかじゃない」

「知ってるんだ……。なら、あんな古くて変な建物をわざわざ使うようにした理由、何なんだろう」

 百年生き抜くと丁寧に保存され、五十年止まりだと破壊される。遺そうという努力が向けられるのは、より一層古いものだ。葦原が生まれた平成あたりに作られたものは有り難がられず、耐用年数が来たり時代に合わないと判断されたりした途端、壊されてしまう。

「きっと祖父が見たかった景色って、これなんだろうな」

「さっき言ってた気難しいお祖父さんですか?」

 更地の都庁跡を見たいだなんてよほど変わった人だったのだろうと葦原は思った。

「こんなものを建てたから東京は弱くなったって。都庁の近くを私と通るたびにそう言ってた」

「建築や維持に費用が嵩んでいたからか、それともデザインが奇抜でお祖父さん世代には合わなかったか」

 政治的な象徴としてのタワーを嫌ったのかというところまでは訊けなかったが、櫛田の答えは全く違う角度からのものだった。

「龍脈(りゅうみゃく)」

 聞き慣れない言葉に戸惑う葦原をよそに、櫛田は夕陽色に染まる西の空を指して、手をゆっくりひらひらとさせながら更地のほうへと向けた。

「こんなふうに富士山から都内に向かって流れる“気”が、都庁のビルで堰き止められてたって。つまり、祖父は風水の熱烈な信奉者、ってこと」

「聞いたことが無い」

「『不死の山のご加護がなくなった分、俺ら公務員が身を削らなきゃなんねぇ』って、口癖のように言ってた」

 葦原はすぐには理解できなかったが、先ほど櫛田が「仕事人間で気難しいだけ」と言っていたことと辻褄は合うように感じた。

「櫛田さんもそういうの信じてるんですか」

「もし祖父が言ってたことが本当なら、これから東京はもっと復興して良くなるし、そのことは信じたいかな」

「龍脈を遮るものがなくなったから?」

「それもあるし、良くしたいから理由をつけて壊したのかも」

 櫛田は笑顔を向けてくる。葦原は愛想笑いで返そうにも、瞳の奥から伝わってくる眼力(めぢから)に気圧されて、顔がひきつってしまう。

 二人が跡地を眺め始めてからほんの数分しか経っていないはずなのに、いつの間にか夕焼けは夜の帳(とばり)に溶けてしまっていた。

「もう一度あっちの方角、見て?」

 更地を背にして、再び櫛田は西の方角を指した。

「富士山の方なら、うす暗くてよく見えません」

「葦原さん、気づいてないみたいだけど、デジタル推進課のある分庁舎《はなれ》って、富士山とここを結ぶ線上にあるんだよ」

(続く)

※この物語およびこの解説はフィクションです。

【用語・設定解説】

RPA:Robotic Process Automationのこと。DXの一環として、これまで人間が行なっていた業務プロセスを高度なAIや最適化されたUIを用いて自動化すること。RPAを進めるにあたっては、単なる作業の置き換えではなく、従来のワークフローを根本から見直すことでより一層の効果が見込める。

都庁舎:この物語での旧都庁舎(西新宿)は、2020年代後半に発生した首都直下型地震により損傷し、使われなくなった。これまでの話に登場していたデジタルサイネージを壁面に備えた「本庁舎」は、震災で焼失した広大な土地を買い上げたうえで、都内某所に新しく建てられた最新型の建造物。12階建てと、ツインタワー48階建てに比べて高さこそ低いが、面積が広い。大半の職員がテレワークのため、執務スペースが減少している

沢しおん(Sion Sawa)
本名:澤 紫臣 作家、IT関連企業役員。現在は自治体でDX戦略の顧問も務めている。2020年東京都知事選にて9位(2万738票)で落選。

※本記事は、雑誌「DIME」で連載中の小説「TOKYO 2040」を転載したものです。

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