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「サステイナブルな企業のリアル」――、環境や資源への配慮、地球環境の保全、持続可能な社会に向けて貢献する製品、及び企業を紹介するシリーズ。今回は藻の一種のミドリムシに着目し、ミドリムシの大量の培養を考案。創業10数年で売り上げ170憶円以上、従業員数およそ370名の企業に育てた41歳の社長のお話である。
株式会社ユーグレナ代表取締役社長 出雲充さん。ユーグレナはミドリムシの学名。動物と植物の両方の性格を持ち、大きさは0.1mm以下でおおよそ紡錘形をしている。川や池や水田等、比較的浅い水中に生息する。純粋培養したミドリムシは動物性と植物性の栄養素を59種類も含有している。
バングラデシュの食糧問題の解決という思いに駆られた東大生の出雲さん、就職した大手銀行を1年で退職。オフクロさんがショックで寝込むのを尻目に、誰もなしえなかった大量のミドリムシの純粋培養に邁進する。
風呂で思いついたアイデア
「2003年に退職した時、ミドリムシを大量に純粋培養する方法は、まったくわかりませんでした。僕としては二足のわらじはダメだから、会社を辞めて背水の陣を敷いたわけです」
退職のショックで寝込んだ母親の手前、家に戻れず、出雲はミドリムシとの出会いを演出してくれた、学友で友人の鈴木健吾(現・執行役員 研究開発担当)の家に居候する。大量のミドリムシの純粋培養の方法を考案しなければ、この先の道はない。だが、名立たる研究者たちはこの壁を超えることができなかった。教科書にも大量のミドリムシの純粋培養は不可能とある。さてどうするか。
「僕はお風呂に入っている時に、いいアイデアを思いつくんです。今もメモできるように、防水の携帯をお風呂に持ち込むんですが、ある時、朝風呂に入っている時でした」
出雲の脳裏に発想が浮かび、雪だるま式に膨らんでいく。発想はこんな具合に展開した。
彼は教科書の記述を簡単に反芻している。59種類の栄養素を含有したミドリムシは、栄養があるので、雑菌、カビ、鳥や昆虫等、いろんなものが食べに来る。それら外敵を防ぐためにミドリムシの培養液に、蚊帳をつらなければいけない。蚊帳が一つでダメなら二つ三つと工夫をして……。
ちょっと待てよ、例えば蚊に刺されたくない時、いまどき蚊帳なんか張る家はまずない。電子化蚊取器か、まっ、蚊取り線香でいい。例えば蚊取り線香100個置いたら……
と、そこまで考えた出雲は、ブレイクスルーのひらめきが身体に走った。
「ちょうどいい塩梅があるはずだ」
友人でミドリムシ研究の同志でもある鈴木健吾とは多分、こんな感じの話し合いを重ねたに違いない。
「蚊帳なんて時代遅れだ。蚊取り線香を使うとして、蚊取り線香を100個置いたら煙たくて眠れない。1個なら効き目がなくて蚊に刺される」
「蚊取り線香って、蚊帳の周りに蚊取り線香を置くのか」
「いや、ミドリムシがいる培養液の中にだよ」
つまり培養液を一つの部屋と考えるのだ。
「蚊取り線香を何個置いたら、蚊に刺されずに眠ることができるのか。ちょうどいい塩梅があるはずなんだ」バイ菌を殺し、ミドリムシのみが生き残れるように、ある種の消毒液で培養液をコントロールする。消毒剤の量については、ちょうどいい塩梅の数値が必ずあるはずだ――それが出雲の発想だった。
得てして、決定的なブレイクスルーはのちに振り返って、なんだ、簡単なことじゃないかと思うものだ。ところがこの”簡単なこと“の発想が容易でない。培養液に蚊帳を張るのでなく、培養液自体への着目なんて、50年以上のミドリムシの研究の中で、誰かが試して失敗しているに違いないと考えられていた。当初、出雲と鈴木が取り組んだこの研究に、周囲は冷ややかだったが、徐々に成果を上げ始める。
要は純粋培養したミドリムシの量産だ。研究は東大の施設で続けていたが、大学にはミドリムシを大量に培養できるプールはない。
クロレラを生産するメーカーなら、ミドリムシ培養に適したプールを備えている。『ミドリムシ発展のために御社の工場の使用を許可されたし』担当の教授は、数社に共同研究を打診した。だが、初めて手掛けるミドリムシによって不測の事態が生じるかもしれない。工場が使用不能に陥る可能性だって否定できない。首を縦に振る企業はなかった。
千載一遇のチャンス
そんな折、2004年に中国・青島市で開かれた会合の食事会で、たまたま福本拓元(現・執行役員ヘルスケアカンパニー営業、D2C担当)と隣り合わせる。
「実家はクロレラの販売に携っているんです」
福本が発した言葉に、「えっ!?」出雲は思わず声を上げた。ミドリムシの培養に向けて、クロレラ工場を探していた彼にとって、千載一遇のチャンスだった。高揚した気分からか、つい言葉が先走る。
「僕が取り組んでいる大量のミドリムシの純粋培養が成功したら、クロレラなんかなくなっちゃうよ」
福本はムッとしながらも、植物性と動物性、両方の栄養素を59種類含有する、ミドリムシの大量純粋培養に成功した暁には、途上国の食糧問題の解決に大きく貢献する等、出雲の繰り出す言葉に、徐々に傾倒していく。
福本の会社が仕入れる石垣島のクロレラメーカーの製造プールの使用が実現し、事業は大きく前進した。2005年8月出雲、鈴木、福本で、株式会社ユーグレナを創業。資本金は1千万円。同年12月、大量のミドリムシの純粋培養に成功するのだが――。
――06年から07年にかけて、会社は相当苦しかったようですね。資料で拝見しました。
「この間、約500社に営業して、一つも売れませんでした。アポイントメントを取っても、会ってくれない。“時間がもったいないから3分で説明してくれ”って、カップラーメンじゃないんだから。開発の時より、正直言ってあの時期が一番苦しかったかもしれない。会社辞めようと何度も思いました」
――08年5月、伊藤忠商事の出資が決まった。
「僕はミドリムシがいかに素晴らしいかを語ったのですが、先方の担当者は当時十数名いた社員一人一人に、“社長の言っていることは本当なのか”と、聞いて回ったんです」
データは改ざんできる。だが、社員数名に話を聞けば、社長の話がウソかどうか、たちどころに判断がつく。近江商人を自負する伊藤忠商事のやり方だった。
発展途上国への思い
伊藤忠商事の出資が決まってからは、サクセスストーリーを駆け上がる。現在、ミドリムシを用いた商品は健康食品と化粧品を含めて、およそ100種類。
「ミドリムシにもいろいろ種類があります。ある種類は油の含有量が多い。このミドリムシの油脂の検査をバイオ燃料に関心がある大手燃料会社の方に、依頼したんです」
検査の結果、良質な油でジェット燃料に使える可能性が高いと判明。一流企業数社と共同研究がスタートし、横浜市内にバイオ燃料の製造実証プラントも竣工した。
そもそも、出雲がミドリムシと出会う原点となったバングラデシュへは、小学生の給食用に、ミドリムシを練り込んだクッキーを毎日1万食、届ける活動を続けたが、コロナ禍で思うように支援を届けることができない。
「コロナが落ち着き、工場や学校が日常を取り戻したら、僕らも体勢を立て直して……」
ミドリムシの発展とともに、出雲充の発展途上国への思いも募るのである。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama