■連載/あるあるビジネス処方箋
あなたは、耐えがたき苦痛を感じる上司がいないだろうか。あるいは、同僚でも構わない。取引先でも顧客でもいい。何をどうしようとも、会話が成立しない相手はいないだろうか。
結論から言えば、とりあえずは良好な関係を作ろうとするべきだ。だが、それが絶対にできないと判断した場合、その相手から物理的精神的にできるだけ早く、上手く離れたほうがいい。波風を立たせないようにそっと消えるのだ。そうしないと、あなたの心が病んでしまう場合がある。取り返しのつかないことになりかねない。決して「自分に非があるのではないか」と責めてはいけない。その人のことを周囲の社員もあなたと同じように見ている可能性が高い場合がある。
ビジネスにおいては、大きな損をする相手からは離れるのが鉄則だ。それが、あなたを守ってくれる同僚や取引先、顧客、家族を守ることにもなる。あなたが壊れたら、みんなが困るのだ。
私の周りで起きたケースで参考になる一例を挙げよう。10年ほど前に、社員数150人ほどの出版社の30代半ばの編集者と雑誌の記事をつくる仕事をした。この男性は私が取材し、書いた原稿(4000字ほど)の約8割を修正した。その修正は、結果として嘘に近い内容だった。事実関係を変えて、自分の意図したように書き直してしまったのだ。取材の前にイメージをした通りにしたかったのだろう。本来、取材前に「こうあるべき」と仕上がりをイメージするのは好ましい。そうしないと、取材はできない。
だが、取材をするとそれが崩れてしまうことは多々ある。それを踏まえ、知り得た事実を柔軟に受け入れる。その事実に即して書いていくべきなのだ。そうでないと、「取材」とは言わない。
ところが、男性は事実に反した内容を掲載した。当然、取材相手の会社の広報担当者は抗議を男性にしてきた。記事に私の氏名は、載っていない。掲載前に「この内容では私の責任の負えないものであり、氏名を出してもらうのは困る」と男性に言った。記事の執筆者は、男性の判断で架空の人物(実在しない)になった。通常、こういうことは10~15年に1度あるか否かだ。通常は許容範囲を超えてしまっていて、何らかのペナルティーを受ける。
その後、半年以内にわかってきたのだが、男性は私以外の数人の書き手とも同じトラブルを起こしていた。書き手から上がった原稿を取材前に意図した通りに変えてしまう。事実に反した内容にしてしまうのだ。同じように取材相手から抗議を受けていたという。このことを同じ編集部にいた数人が2014~2018年に話していた。
男性は、編集部内の会議でも同じ姿勢になるという。考えを必ず押し通し、意見の異なる相手を必死に否定しようとする。時に興奮し、どなったり、すごむ場合もあるようだ。会議を終えた後も執拗に食い下がる。相手が役員であろうとも、食ってかかるという。何が何でも「自分は正しく、相手は間違い」と主張するらしい。周囲はお手上げで、今では役員たちも相手にしないという。
10年後の2021年、役職はついているが、部下がいない。同世代で人事評価の高い社員は、部下が20人ほどいる編集部の責任者をしている。私が知る限りではこの出版社の少なくとも10人以上が、退職者を含めると13人前後が男性のこだわりや執着心に違和感や疑問、不信感をもっていた。この10年で、男性の周囲から上司、同僚らの多くが精神的に物理的に離れていったという。
私は、数年前にも同じような経験をした。この場合の男性は20代であったが、役員によると自分の考えが否定されると感情的になり、役員にも激しく食ってかかるという。絶対に引かないようだ。事前にそのことを聞かされたうえで、彼と組んで仕事をしていた。大半の編集者と比べると、ありえないこだわりを持っていたように見えた。10年前の男性と同じく、原稿を自分の意図したように変えてしまう。事実に反した内容であり、嘘に近いものになる。
あらかじめ、「こうあるべき」と思い込み、それに強引にはめ込もうとするようだった。結果として事実を歪曲したり、大幅に変えてしまう。それを指摘すると感情的になる。「自分は正しく、相手は間違い」と思い込んでいるかのようだ。3年間で私のもとへ電話がかかり、自分の意のままに記事を変えさせようとする行為が繰り返された。回数は年間平均で35回ほど、3年間で100回ほど。30年間でこういう担当者は、たった1人だ。
しかも、20代で経験が浅いのだが、40~50代の編集責任者のような物言いになる。あらゆるものを熟知しているといった意味合いの言葉を繰り返す。この30年ほどで接した会社員の中で最も横柄で、攻撃的な言動に見えた。役員によると、周囲の社員は男性のそのこだわりや執着に疑問視していると聞く。
今回取り上げたタイプの社員は、私の観察では50人に1人ほどのペースで現れる。フリーになった過去17年では120人ほどの出版社の編集者と仕事をしたが、数人である。こういうタイプと巡り合ったときに、「自分に落ち度があるのだろうか」と思わないほうがいい。仮にそうならば、周囲がどんどんと離れていくわけがない。
長い会社員人生では関わらないほうが双方にとって好ましい、と思える人がいる。自分を責める以前に、相手から上手く離れることを積極的に勧めたい。理想を言えば親しくなるべきだろうが、できない場合もある。精神の健康を保つためにバリアを張ったほうが得策な時もあるのだ。
文/吉田典史