■連載/あるあるビジネス処方箋
時事通信社(2021年5月1日)によると、政府は東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川4都県)の企業に勤めたまま地方に移り住む「転職なき移住」の促進に向けて動きだしているという。背景には、働き方改革や新型コロナウィルス感染拡大により、テレワークが広がっていることがあるようだ。
今回は、この「転職なき移住」について私がこの4年程で数回取材をしてきた企業の事例をもとに考えたい。
ツナグ・ソリューションズ
(千代田区、採用コンサルティングや求人広告の制作代行サービス業。社員は約140人。主な職種は営業、内勤渉外、求人広告制作、総務、人事、経理、広報など。主な拠点は、本社と関西支社(大阪)、東北支社(仙台))
2020年4月、政府の緊急事態宣言発令以降、一部を除く全社員フルリモートの就労スタイルを原則、期限なし(無期限)で継続している。20年4月当初は、在宅勤務を前期が終了する9月末までとしていた。8月から9月にかけて全社員へのアンケート調査や各部署の役員、管理職層の考えを確認したところ、肯定的な意見が多かったという。会社全体や各部署、個々の社員の仕事において混乱やトラブルはほとんどなかったようだ。
そこで働きやすい環境を整備するうえでも、継続したほうがメリットはあると判断し、社内外の状況が大きく変わらなければ、全社員フルリモートの就労スタイルを原則、無期限で継続することを決めた。
この場合のフルリモートとは、社員各自が勤務場所を選ぶものだ。会社に届けの必要はない。自宅の他、例えば、カフェ、図書館で仕事をすることが認められている。仕事の報告、連絡、相談がきちんとできれば、生活の事情に応じて病院や介護施設、地方も可能だ。居住地の自由化と言える。例えば、家族の育児や介護の状況により、地方へ移住する必要が生じた場合に、この制度を利用して退職することなく、そのまま地方で働くことができる。この場合は、「転職なき移住」と捉えることもできるだろう。
確かに「転職なき移住」が実現すると、会社員にとってもメリットは大きいはずだ。だが、私が新聞やテレビ、雑誌、ネットニュースで見ていると、有識者の中にはこの試みが簡単にできると思い込んでいる人がいる。
だが、様々な意味で難しいと思う。ツナグ・ソリューションズの場合、2010年前後から人事の取り組みには熱心であり、その意味での蓄積があるのだ。2010年には東京都産業労働局主催「東京ワーク・ライフ・バランス認定企業」、2011年には「東京都中央区ワーク・ライフ・バランス推進企業」に選ばれている。
こういう試みを繰り返し、全社規模で役員や管理職、一般職の間で人事において信頼関係があるように見える。この土台が出来上がっていないと、「全社員フルリモートの就労スタイルを原則、期限なし(無期限)。居住地の自由化」をスムーズに実現するのは難しいのではないだろうか。まして地方に移住し、そこでフルリモートで仕事をするのを認めるのはさらに困難になるはずだ。大きな混乱がなく、できるのは普段からの蓄積の成果なのだと思う。
「転職なき移住」を進めるならば、まずは今、目の前の課題を解決したほうがいい。例えば、日頃から各部署での話し合いやミーティングを密にして、上司と部下の意思疎通を深くするべきだろう。チームビルディングができていない中、リモートワークは難しい。そして、人事の評価システムを変えていかないといけない。労働時間の管理や残業の削減、有給消化の促進も並行して進める必要がある。これらがいわばセットとして進められていないと、「転職なき移住」は難しいはずだ。
文/吉田典史