■連載/あるあるビジネス処方箋
今回取り上げるのは、求人広告事業や採用ブランディング事業など採用コンサルティング事業(東京都新宿区100人)で躍進する(株)プレシャスパートナーズの中川 梓 管理本部 執行役員CHRO(最高人事責任者)だ。
中川さんは、新卒入社の半数以上が1年で退職した「2015ショック」を乗り越え、8つの改革で定着率を向上させた。その改革について取材を試みた。
中川梓(あずさ)さんのプロフィール
2011年に中途入社。営業職として経験を積み、2013年に人事部へ異動し、2015年に部長となる。部下は現在、5人(うち、人事3人、総務2人)。主に新卒や中途の採用試験を企画立案し、実施する一方、管理職や一般職の研修も行う。最近は、パワーハラスメント研修や人材教育に力を注ぐ。2020年4月に管理本部 執行役員CHROに就任。
離職率は52%
「2015ショック」。プレシャスパートナーズの役員、管理職が参加する会議で今でも聞かれるものだという。2015年4月に新卒(大卒)として17人が入社したが、1年が終わる16年3月末までに7人が退職した。4月には、さらに2人が辞める。この時点で計9人が退職し、離職率は52%となった。
2008年の創業時から、業績向上や採用、人材育成においておおむね順調に進んできたが、2015年前後に1つの壁にぶつかるようになった。それはベンチャー企業で業績が急拡大する際に生じやすい問題だ。
つまり、事業の成長に社員の成長が追い付いていけないのだ。事業の成長に付いていくことができる社員はともかく、付いていけない社員は不平や不満を抱え込む傾向がある。それらが職場に浸透し、雰囲気が悪くなり、辞める人が現れる。その流れが止まらないと、離職率が高くなる。業績悪化になり、成長の勢いを失うケースも少なくない。売上10億円前の、いわゆる「10億円の壁」である。売上5億円を超えた頃に着面するケースが目立つ。
この時に、採用や定着、育成の責任者である人事の責任者がどのように向かい合い、乗り越えるべきかが、その企業の将来を決めると言ってもいい。
8つの改革
中川さんは、2015年当時をこう振り返る。
「ここまで大量に辞めるのは、創業以来初めてだった。当時、社長以下、役員、管理職のほとんどが危機感を持っていた。人事部長として退職者全員に1時間程のヒアリングをしたが、最も多い理由は仕事が入社前に思ったよりもキツイだった。次は、社風。入社前に想像していたものとは異なっていたようだ」。
業績拡大に対応するために、2012年4月入社の新卒者獲得に向けて2011年から大卒・大学院卒の新卒採用を本格化した。それ以前の採用は、20代半ばから後半にかけての「第2新卒」が中心だった。社長を始め、役員たちが「今後、中核を担うコア人材を育成していくうえで新卒社員は貴重」と判断した。
新卒入社数は2012年が3人、2013年が6人、2014年は6人、2015年は17人。2015年は、前年の3倍近くを採用した。この時期、速いスピードで業績が拡大していた。2014年の社員数は、約38人。2015年には17人が加わった。2015ショックは、ここで起きる。前年までの3年間の入社1年間における離職率は約2割だが、一気に5割を超えた。
2015年に、営業部のチーフから人事部長に就任した中川さんは退職者へのヒアリングを始め、管理職や外部のコンサルタントらの意見や助言をもとに、社長や役員の了解のうえ、次に挙げた8つの改革を全社で段階的に試みた。
1、社内の個々の仕事の意味、目的、作業フローを再定義し、関係部署で共有する
2、個々の作業の役割分担と権限、責任の明確化
3、チームで仕事や作業をすることで効率化を進め、精度を高める
4、残業時間の削減
5、役員や管理職の研修の徹底
6、内定者研修の変更・強化
7、新入社員との関わりを増やす
8、経営理念や社風の伝承、共有
8大改革の効果は、早いうちに表れる。新卒者の入社数は16年が13人、17年は17人、18年が20人、19年が18人、20年が11人。採用者数は増えているが、入社3年以内の離職率は19.8%。定着率を上げる仕組みの効果がしだいに現れていることがわかる。
中川さんは、こう語る。
「2015年に大きなピンチを迎え、人事部が何をするべきか。どのような人と一緒に仕事をしていくべきなのかが、よくわかるようになった。私たちにとって大切なものは何だろうと、当時、社長や役員、管理職で議論をよくした。それを考えるきっかけとなったのが、あのショックだったのだと思う」
次回は、8大改革をさらに具体的に紹介したい。
文/吉田典史