■連載/あるあるビジネス処方箋
今回は、パワーハラスメント(以降、パワハラと表記)を取り上げたい。職場におけるパワハラ防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが法律上、事業主の義務となっている。
だが、多くの職場でパワハラと教育、指導、育成の境界線は依然としてあいまいだ。上司の部下への言葉を「これはパワハラ」「今のは、パワハラではない」と根拠を明確に言いきるのは難しい。そこを楯に、口実に部下にやりたい放題に対応している上司は多い。
本来は、被害を受けた側が精神疾患になる場合や不本意な退職につながるケースがあるだけに、真剣に考えるべきだ。だが、依然として鈍い会社が少なくない。ここに根深い問題がある。
今回取り上げるのは、厚生労働省が平成28年(2016年)7月25日から10月24日までに実施した「平成28年度、職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の結果だ。対象は企業と個人で、具体的には以下の通り。
(1)企業調査
全国の従業員(正社員)30人以上の企業20,000社に調査票を郵送し、4,587社(回収率は22.9%) から回収
(2)従業員調査
全国の企業に勤務する20~64歳の男女10,000名(公務員、自営業、経営者、役員は除く) に対してインターネット調査を実施
調査結果としての主要点は、以下だ。
・従業員向けの相談窓口で従業員から最も多い相談のテーマは、パワーハラスメントで、32.4%。
・過去3年間に、パワーハラスメントの相談を「1件以上受けた」と回答をした企業は36,3%。
・過去3年間に、「パワーハラスメントを受けたことがある」と回答した従業員は、32.5%。
パワーハラスメントの予防、解決のための取組
下記の左の図は、同調査のパワーハラスメントの予防、解決のための取組の実施状況だ。「取り組みを実施している」と回答したのは、52,2%。信じがたいことに、「現在実施していないが、取組を検討中」は22,1%。さらに「取組を考えていない」が25,3%。
右側は、平成24年度(下のデータ)と平成28年度(上のデータ)に行った結果の比較である。左端に従業員数「99人以下」「100人~299人」「300人~999人」「1000人以上」と書いてある。特に「99人以下」に目を向けたい。
24年度、28年度双方とも「99人以下」は「取組を実施している」は、他の規模の企業に比べると最も低い。平成24年度は18,2%、28年度は26,0%。
「1000人以上」と比べると、その差は相当に大きい。
私が連載「あるあるビジネス処方箋」で、社員数100人以下の会社に新卒(主に専門学校、大卒、大学院修士)として入社することに疑問を繰り返し呈する理由の1つは、ここにある。パワハラが深刻化しているにも関わらず、人事の対応は鈍い。例えば、平成28年度は「特に取組を考えていない」が、45,7%。同年度の「1000人以上」が、88,4%。双方はまさに別世界と言える。
30年程、企業取材をしているが、社員数100人以下の会社で人事が正しく機能しているケースをほとんど見たことがない。そもそも、人事部が存在しない。新卒や中途の採用、入社後の研修、配属、育成、評価、異動、退職まで、大企業と比べると大きく見劣りする。
今回の調査からは、パワハラは小さな会社で深刻化、常態化する傾向があることが見えてくる。大きな理由は、人事が実質的に機能していないからだ。例えば、昨年4月前後から新型コロナウィルス感染拡大で在宅勤務が浸透している。取材を通じて知る限りでは、トラブルや混乱が最も目立つのは社員数100人以下の会社だ。メールの返信は全般的に遅れ、電話がつながらないケースすらある。仕事の報酬であるお金の支払いが大幅に遅れる場合も目立つ。フリーランスが、報酬の不払いや支払いの遅れのトラブルに巻き込まれるのも、社員数100人以下が際立つ。人材育成がほとんどできていない可能性がある。
このような深刻な問題が続出していながら、毎度のごとく、新聞やテレビ、雑誌などは伝えない。パワハラの問題と現在の混乱は、実は表裏一体だ。在宅勤務が浸透する時期だからこそ、パワハラについて考えたい。
文/吉田典史