■連載/あるあるビジネス処方箋
第1回はこちら
前回、今回、次回と3回にわけて、コンフィチュール専門店「旅するコンフィチュール」のオーナー兼店主であり、シェフの違 克美(ちがい・かつみ)さんを取材した内容を紹介する。その生き方は、女性が働きながら生きていくうえで大きな勇気を与えるものだ。
違さんは2003年、ル・コルドンブルー横浜校(1895年パリで設立された料理教育機関)にて製菓ディプロムを取得した。これに前後して夫の赴任先のアメリカで5年半、その後、夫の次の赴任先であるパリ、ベルギー滞在時に食に関する知識と経験を深める。現地で素材を調達し、コンフィチュールをつくる試みなどを重ねる。コンフィチュールとはフランス語で、ジャムのこと。パンにぬったり、ヨーグルトに混ぜたりして味わえる。
パティスリー(ケーキや洋菓子を専門に扱う店)やショコラショップ( チョコレート専門店)、リフォーム会社での勤務を経て、2010年にカフェの立ち上げに関わる。メニュー企画、店舗運営マネジメント、スタッフ育成、現場での調理、接客と店の運営を経験する。2013年、横浜市関内の築50年のマンションの一室を改築し、季節のジャムと焼き菓子を製造販売する「旅するコンフィチュール」をひとりでオープンした。
驚きがないと、うちの商品として向かない
「瓶に入っている状態で見ても、おいしそう、かわいいと感じてもらえるような色であることが大切。それで蓋を開けた時に香りがすれば、いい香りって…」
違さんが工房で話す。室内には、果物の皮をむいたり、煮たりする厨房がある。2013年に製造から販売までができる工房にしようと、オープン前に改装した。
コンフィチュールの製造の1つのこだわりは、それぞれの果物らしい、きれいな色を出すような作り方をすること。例えば、煮るために火を入れる時間を短くしている。違さんいわく「煮込むのではなく、さっと火を通して果物のフレッシュさを生かす」。
「こんなの、初めて食べる!とか、すごくいい香りがする!と日常生活の中のちょっとした驚きをぎゅっと詰め込みたい。驚きがないと、うちの商品として向かない。普通においしいね…は却下なんです」
子どもの頃から、絵本を眺めては「見たことのないお菓子を作ってみたい」と思ってきた。お菓子作りに励んできた。短期大学、専門学校、アメリカ滞在中に大学などでグラフィックデザインを学んでいた。美に対してのこだわりが強かった。開店時からデザイナーと組んで、見た目を大切にした。
果物の色を、香りをより生かすために、形をできるだけ残すようにしている。そして、よりきれいに仕上げる。まずは、このことを繰り返し考え、イメージし、完成形まで頭の中で作る。
「果物らしさを出したい。お客様には香り、触覚、味わいなど余すところなく感じ取ってほしい。うれしい驚きがあるものを作りたいと思っているんです」
鹿児島県で自然農法で育てられた国産グレープフルーツと
青森県弘前市のカシスを使った2層ジャム「GRAPEFRUIT&CASSIS(グレープフルーツとカシス)」
シングルマザーとしてダブルワーク、そして独立・開店
2010年に離婚をした。「それ以前に会社勤めをしたことはほとんどなかったのです。当時、一人娘が10歳。私が収入を得て養っていかなきゃいけない。キャリアや経験がない中、見つけたのが、リフォーム会社でした」。
週3日勤務のパート社員として入社した。採用時に「娘のためにも、いずれは収入が安定している正社員になりたい」と伝えた。だが、労働時間が長く、帰宅が夜遅くなる日があった。
しだいに「育児との両立は難しい」と感じる。2009年秋、リーマン・ショックが起きる。会社の業績が悪化する。正社員にはなれないと思い、次の道を模索し始めた。
メールマガジンである求人募集を知った。横浜市内の公共施設にオープンするカフェのスタッフ募集だった。パート社員として週3日働きつつ、カフェのダブルワークで収入を増やそうとした。採用されると、現場の責任者として店舗運営の隅々にまで関わることを求められた。お皿一枚からメニューまで考えて、プロデュースする。経験がなかったが、挑戦したという。
それ以前にパリ(フランス)に本部のある製菓の学校ル・コルドンブルーの横浜校に通い、製菓ディプロムを取得していた。違さんは、当時を振り返る。「子どもの頃からお菓子が大好き。娘に見せて、誇れるものが欲しかった」。
リフォーム会社とカフェのダブルワークで週6日働いたものの、収入は頭打ちとなる。時間も奪われがちだった。リフォーム会社を辞めて、カフェ一本に絞った。こだわりのあった「食」を選んだ。
カフェとフリー(自営業)職人の2足のわらじをはく生活が始まる。リフォーム会社勤務時の週3日分の時間ができたので、ジャムを作って市内のイベントに出店するようにした。すると多くの人が現れ、購入し始めた。
「初めてだからプレッシャーでしたが、世界がすごい変わった感じがしました。こんな怖いことをこれからしていけるんだろうか、と思ったのです。それでも、カフェでの3年間の勤務を終え、「旅するコンフィチュール」をオープンしたんです」
100%天然の手作りにこだわるため、材料選びにも余念がない。
果実や野菜を使った100%天然の手作りに徹する
2013年に開店すると、「時間を奪われ、家庭との両立が難しくなるかもしれない」と思った。中学生だった一人娘を育てるためにも、仕事のスケジュールを自分でコントールしたかった。
販売は、ホームページでのオンラインショップを中心にした。それと並行し、月に1度、工房を開店する。コンフィチュールは保存食であり、月1度のスケジュールでも販売ができる。瓶に詰まっているから、市内などでのイベント出展の際に持ち運んだ。お客さんが増えるに伴い、開店は月1度から週1回、2回、4回、現在の5回へと増やした。
製造のうえでのこだわりは、果実や野菜を使った100%天然の手作りに徹すること。カフェの運営を3年間続けたことで、神奈川県内の農家とネットワークができていた。開店当初は、横浜市や小田原市などの農家から果物を仕入れた。現在は、山梨県や山形県の農家を始め、全国各地から仕入れる。互いに信頼できる関係作りを大切にしている。
次回(最終回)に続く。
●「旅するコンフィチュール」オーナー兼店主、シェフの違 克美さんにインタビュー1回目
「旅するコンフィチュール」
■住所:神奈川県横浜市中区相生町2-52 泰生ポーチ203
■OPEN:火・水・金・土 12:00~18:00 木 12:00〜19:00
■定休日 日・月・祝
■WEBSHOP
http://www.tabisuru-conf.jp/
違克美|旅するコンフィチュールさん (@TabisuruConf) / Twitter
画像提供/旅するコンフィチュール
文/吉田典史