■連載/あるあるビジネス処方箋
今回から3回にわけて、コンフィチュール専門店「旅するコンフィチュール」のオーナー兼店主であり、シェフの違 克美(ちがい・かつみ)さんを取材した内容を紹介する。その生き方は、女性が働きながら生きていくうえで大きな勇気を与えられるものだ。
違さんは2003年、ル・コルドンブルーにて製菓ディプロムを取得した。これに前後して夫の赴任先のアメリカで5年半、その後、夫の次の赴任先であるパリ、ベルギー滞在時に食に関する知識と経験を深める。現地で素材を調達し、コンフィチュールをつくる試みなどを重ねる。コンフィチュールとはフランス語で、ジャムのこと。パンにぬったり、ヨーグルトに混ぜたりして味わえる。
違 克美さんたちが製造販売するコンフィチュール。写真は蒸した栗をペースト状にし、その上にカシスジャムを重ねた「栗とカシス」
パティスリー(ケーキや洋菓子を専門に扱う店)やショコラショップ( チョコレート専門店)、リフォーム会社での勤務を経て、2010年にカフェの立ち上げに関わる。メニュー企画、店舗運営マネジメント、スタッフ育成、現場での調理、接客と店の運営を経験する。2013年、横浜市関内の築50年のマンションの一室を改築し、季節のジャムと焼き菓子を製造販売する「旅するコンフィチュール」をひとりでオープンした。
女性たちを中心に、開店当初から静かな話題
「日本のジャムとフランスのコンフィチュールは、全然違っているんです。日本のものは果物を煮込んで、ゼリー状にしたものをパンに塗る感じ。コンフィチュールはフルーツそのもので、おいしい。フランスに行っては買い占めていたんです」
夫がヨーロッパ(ベルギー)に赴任している頃、フランスが好きな違さんは頻繁に足を運んだ。そこで、コンフィチュールに魅了される。フランス菓子やコンフィチュールを求め、フランス国内各地を旅した。その頃の経験が「旅するコンフィチュール」の名前の由来のひとつにもなっている。
「旅するコンフィチュール」では違さんが、全国の農作業に従事する人たちから季節の果物や野菜を購入する。マンションの一室内の工房で、丁寧に銅鍋で作る。シンプルなフルーツの美味しさ、スパイスやリキュール、ナッツを組み合わせた独特の味わいがする。春夏秋冬の季節の移り変わりに合わせ、シェフ自ら発案したコンフィチュールを販売している。
甘酸っぱいジュレの中に桜の花びらの入った「SAKURA(桜)」。
違さんは以前勤務したリフォーム会社で、ホームページの制作を担当していた。その経験を生かし、13年の開店当初からフェイスブックやツイッターを中心にPRをした。学生の頃にデザインを学んでいたこともあり、ジャムの色や詰めるビンにもこだわりがある。デザイナーとタイアップして作った。フェイスブックなどにアップロードするジャムの画像は、自ら撮影したものだ。色をあでやかにするために、照明にも気をくばった。
その味や色に魅了された女性たちを中心に、開店当初から静かな話題となる。早いうちに雑誌やウェブサイトでも紹介される。横浜市内だけなく、都内や千葉、埼玉、さらに地方からも買い付けに来る人が現れるようになった。
開店からしばらくは、違さんひとりで野菜などの購入、工房での製造、販売をしていた。あまりに忙しく、電車で30分程のところにある自宅に帰る時間すら惜しい日もあった。工房内にふとんを持ちこみ、数時間の仮眠をしつつ、コンフィチュールの製造を続けた。
千葉県八街市産の新生姜を使ったコンフィチュール「GINGER(新生姜)」。日本テレビの情報番組「バケット」で尾崎里紗アナと一緒に作った ジャム。収穫したての新生姜はカットすると水分がでてくるくらい瑞々しく 、香りが豊か。皮ごと擦りおろしたものと生姜の食感を活かした千切りの生姜をミックスし、りんごと白ワインで風味をプラス。
雇う側と雇われる側の違いがよくわかってきたのです
これよりも数年前の2010年に離婚し、シングルマザーとなっていた。2013年の開店時は、一人娘は中学生。「娘を養うためにも、店の経営を軌道に乗せないといけない」。必死の思いだった。
自ら開設したホームページや市内でのイベントに店を出しては、販売をした。忙しく、マンションの一室をリフォームした店での販売ができない時もあった。オーナー、店主、シェフ、母親とひとりで何役もこなすために、時間が経つのが早い。店を開く時間がない時期があり、しばらくは月1回の開店となった。その頃から、「幻の店」とファンの間では言われた。店の存在はさらなる話題となる。テレビなどの取材依頼や注文も増えていった。
季節の果物や野菜を丁寧に一つ一つ添加物を使用せずにコンフィチュールに仕上げている。
その後、違さんはスタッフを雇い、態勢を整えていく。現在は、チームをまとめる役割も果たす。週5日(火・水・金・土 12:00~18:00、木 12:00〜19:00、定休日 日・月・祝)開店する。開店から8年目の今、横浜市を中心に全国でも多くの人に知られつつある。
数年前からは、大手企業からコンフィチュールを販売したいといった依頼が増える。昨年(2020年)4~6月には、大量の注文が入る。違さんはその時期、1日数時間の睡眠で働く日もあった。ゆっくりと食べる時間がなく、1日1食が続いた。疲れがたまり、工房内でやけどをして、2日間程休まざるを得なくなった。
「スタッフの支えがあり、忙しい時期を乗り切ることができたのです。大学生になった娘も手伝ってくれました。今は、周囲の人たちに助けられることが多い。本当に感謝しています」
昨年夏には、開店時から借りるマンションの一室とは別に、そばのビルの一室に新たに部屋を借りた。そこを「旅するコンフィチュール」の販売専門の部屋とした。2021年2月には、事務所兼配送用の部屋を借りる。開店時から借りるマンションの一室は工房として完全に製造に専念する。スタッフのまとめ役として、皆と話す機会や時間を増やし、チームづくりにも力を注ぐ。
「今までは、コンフィチュールを作る。そして買っていただく。それで報酬や利益を得る、といった流れでした。それで「旅するコンフィチュール」はある程度、成り立っていました。人手が足りない時にだけ、スタッフに働いてもらっていたのです。
これからは、私が皆をまとめて、経営者になっていかなければいけないと思っています。最近になって、雇う側と雇われる側の違いがよくわかってきたのです。私の考えを言語化して、スタッフに見えるようにて、わかってもらうようにしないと伝わらないんですね。
開店から現在までは、少しずつ増えつつも大きくは伸びませんでした。昨年はコロナウィルス感染拡大の影響もあり、世の中が大変でした。私も今こそ、足元を固めてかないといけないと思っています。気を引き締めるようにしています」
次回に続く。
「旅するコンフィチュール」
■住所:神奈川県横浜市中区相生町2-52 泰生ポーチ203
■OPEN:火・水・金・土 12:00~18:00 木 12:00〜19:00
■定休日 日・月・祝
■WEBSHOP
http://www.tabisuru-conf.jp/
違克美|旅するコンフィチュールさん (@TabisuruConf) / Twitter
画像提供/旅するコンフィチュール
文/吉田典史