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【サステイナブル企業のリアル】「90年代後半香港・深圳でエネルギーを持ち運ぶ時代が来ると感じた」太陽工房取締役社長・須藤 誠

2021.02.12

 サステイナブル――持続可能、環境や資源に配慮、地球環境の保全、未来の子孫の利益を損なわない社会発展、それらに関係する企業を紹介する新シリーズ、「サステイナブル企業のリアル」。第2弾は太陽電池パネルを搭載し、小型軽量で携帯しながら発電・充電できるデバイスを発明した男の話だ。

 株式会社太陽工房 取締役社長 須藤 誠さん(60)。従業員はゼロ、須藤さんは社員兼社長である。自ら発明した太陽電池パネルと充電器で成型した、小型軽量モバイル電源『バイオレッタ ソーラーギア』。キャッチフレーズは“太陽を連れて行こう”。耐久力に優れ、太陽にかざしておくだけで、半永久的に発電と充電が可能だ。

 この技術で生産された小型太陽電池パネルも、出力できる電力は微少だが、山間部や火山など厳しい環境の中で使われる観測装置の電源として、また災害時の衛星携帯電話の電源として、幅広いジャンルで用いられている。

 そもそも須藤社長は20年も前になぜ、ソーラーパネルを用いて、携帯の充電器を作ろうと発想したのだろうか。

エネルギーを個人が作る時代をイメージ

 栃木県出身の須藤誠は、大学で商学部を卒業後、食品メーカーに就職。駐在員として香港に赴任したのは1986年、26歳だった。解放改革政策で湧く当時の中国はビジネスチャンスが渦巻いていた。92年に勤めていたメーカーを退社して、香港で商社を立ち上げる。

「セールスプロモーション用の商品の調達がメインの仕事で、香港に近い深圳の工場でロゴ入りの雑貨を作ったり、請負仕事をしましたが、並行輸入でブランド品も扱っていました。利益が大きかったのは、ロレックスやパテックフィリップ等の高級腕時計でしたね」

 最初のカルチャーショックは95年、マイクロソフトのWindows95の発売で、個人がPCを持ち歩くようになったことだ。それまで個人が持つのは端末だったが、PCという“頭脳”を持ち歩くことで、一人一人がインターネット繋がる社会になった。

「エネルギーの世界も、そうなっていくんじゃないかと思ったんです」

――そうなっていくとは?具体的にはどういうことでしょうか?

「エネルギーは原始的な仕組みで、発電所から変電所を通して各工場や家庭等に、一方通行で流れるだけ。小型化したPCを外でも動かすようになれば、エネルギーの独立も視野に入る。コンセントに差さないとエネルギー供給できない状態は、いずれ解消されるに違いない。さらにエネルギーを一人一人が作る時代が来るかもしれないと、そんな想像をしたんです」

 携帯電話の普及も須藤のイメージを刺激した。80年代後半から90年代前半にかけて、香港では日本以上に携帯電話が普及した。当初は肩から掛ける大型のものだったが、急速な技術革新により、ほどなく手のひらサイズの折りたたみ式の携帯電話が登場した。発電も軽量小型が進むだろう。やがてモバイル化して、新しい形態に代わる可能性は大きいに違いない。

太陽電池にピタリと焦点が。

 90年代後半、企業のプロモーション用の商品作りに、エコがテーマとして取り上げられることが増えた。これも刺激となった。香港は展示会が多く、世界中から集まった製品を目にすれば、世界の次のトレンドが予想できる。当時、微生物によって消費される“生分解性プラスチック”製のおしゃれなエコバックなどが、展示会で売られていた。

「エコというとそれまでは無農薬とか有機農業とか、生活習慣を変えなきゃいけないイメージでしたけど。イデオロギーや生活様式に関係なく、誰でも環境負荷軽減に貢献できる、そんなトレンドはいいなと思いました」

 そして90年代後半、須藤誠と太陽電池の出会いがあった。たまたま太陽電池を使った教材製作のコンペがあり、太陽電池について勉強してみると、「これは面白いなと」

――どの点が面白かったのですか。

「太陽電池パネルに光を当てるだけで、電気がつくことに新鮮な驚きがあって。並行輸入で、ロレックスの自動巻きの腕時計を扱っていましたが、それと同じで永久に止まらず、電気を供給するように思えたんです」

 エネルギーの地産地消、小型軽量でモバイルできる電源、エコのトレンドを満たすもの――、それら彼の頭で思い描いていたものが、太陽電池パネルを知りピタリと焦点があった。

思いを形に、香港・深圳の世界の工場

――今では見る影もありませんが、90年代後半、太陽電池を集積したソーラーパネルの技術は日本の独占状態でした。香港にソーラーパネルを扱う会社はあったのでしょうか。

「たくさんありましたよ。電化の進んだ日本では太陽電池パネルのニーズは切実ではありませんが、中央アジアや内モンゴル自治区で暮らす遊牧民、あるいは電気が来ていないネパールやインドの一部地方では、50Wぐらい発電するソーラーパネルで電気を得ています。太陽電池パネルのニーズはあったんですよ」

 さらに須藤は香港、隣接する深圳が90年代には世界の工場化していたことに言及する。

「日本は台湾や大連とか旧満州(現中国東北部)の工場を拠点する企業が多いですが、欧米企業の多くは香港や深圳に拠点を置きます。深圳は経済特区なので、輸出用のものを扱う工場が無数にあります」

 携帯電話等に対応できる汎用型の電源器で、ポケットに入る大きさ――、インターネットを検索し、香港・深圳で小型の太陽電池パネルを製造販売する会社を訪ね歩いた。

 やがて、彼はドイツ系アメリカ人が経営するソーラーパネルの工場を探し当てる。この会社は小型で薄く長寿命で割れにくい、太陽電池パネルのコア技術を持っていた。

さて、そのコア技術をどうするか――

 香港・深圳の活気の中、太陽電池パネルを組み込んだモバイル可能な小型軽量発電・充電器、「バイオレッタ ソーラーギア」が誕生するいきさつと、彼が発明したサステイナブルな製品の役割、そして須藤社長の人生について、明日公開の後編では詳しく紹介する。

取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama

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