昨年8月に、レッド・ツェッペリン初のライヴ・アルバム『永遠の詩(狂熱のライヴ)』のマト1購入記を書いた。とことんマニアックな内容ながら、ここから先に書くことの理解の助けにはなるので、よろしければご一読されたい。
その記事の最後に、「いつか“正真正銘マト1vs EGカット希少枝番なし”他、7セットも持っているからこそのマニアックな比較試聴記を書いてみるつもりだ」と述べたが、ついにその時がやって来た。
というのも、昨年12月に刊行した僕が編集する電子書籍「ロック絶対名曲秘話」シリーズ第1弾、「ホテル・カリフォルニア」に続く第2弾、「天国への階段」を1月15日にリリースしたからだ。
『Ⅳ』で発表された「天国への階段」は、2枚組『永遠の詩』ではC面2曲めに収録されている。今回聴き比べる『永遠の詩』は、UKマト1、UKマト2、UKのEGカット枝番なし(この意味は文頭でご紹介した購入記参照)、USマト1(厳密にはマトC)、そして2007年に4枚組でリリースされたリマスター盤、やはり4枚組の2018年に発売されたジミー・ペイジによるリマスター盤だ。
2枚組の「天国への階段」C面2曲めの溝エリアは、4枚組第7面よりはるかに狭い。
まずは最も新しい、ジミー・ペイジのリマスター盤から試聴する。2枚組と違って、第7面をまるまる使用しているので、オーディオ的には有利な録音だ。アコースティックギターの音色には輝きがあり、ふくらみもある。だがギターに比べて、リコーダーが控え目。2枚組の音が耳に染み付いているリアルタイム世代には、不自然なバランスだ。とはいえ音そのものはかなりよく、5段階評価で4としよう。
続いてUSマト1。音が薄い。演奏の勢いがトーン・ダウンした。オーディオ試聴記事によくある“1枚ヴェールをかぶったような音”、まさにこれだ。評価は3。なお言うまでもないが、ギターとリコーダーのバランスは自然だ。
ではUKマト1とマト2。本来なら、マト1より劣るとされるマト2は聴くに及ばない。だが購入記に書いたように、僕の所有するUK『永遠の詩』は1113と1122、つまりC面はマト1とマト2を持っている。そこでせっかくの機会だから、聴き比べようというわけだ。マト2はギターに輝きがあり、リコーダーもよく響く。ヴォーカルにも伸びがある。USよりはるかによく4だ。一方のマト1は残念ながら周回ノイズが入り、ノイズレスのマト2の方が聴き心地はいい。だがそれはそれとすれば、やはりマト1はマト1、より音に深みがある。4.5としよう。
EGカットのマトリクスは筆記体。Cの次に数字がないので枝番なし、と表現するようだ。
残るUKはEGカット。購入記ではEGカットとは何なのか不明と書いたが、先日某有名中古レコード店の店員氏に尋ねたところ調べてくれて、EGはイギリスの出版社の社長のイニシャルで、非EGカットとの音質的な差はないとのことだった。なぜその社長のイニシャルが刻印されたのかは不明だが、何であれ音に差がないのなら、枝番なしはUKマト1に匹敵すると考えていいだろう。
と推定して聴くと、驚きの音で艶がありよく響く。試聴してきたどのレコードよりも華があり、迷わず5だ。ジャケットも盤もブックレットもインナースリーブも美品で、購入価格は約4000円。超掘り出し物と判明した。ただし僕がレコードを買う主な3つのサイト、Discogs、ebay、ディスクユニオン・オンラインで、商品説明にEGカットという文字があったのはユニオンだけだ、海外サイトの出品にEGcutという文字は見たことがなく、探し当てるのは大変だろう。
最後は2007年4枚組リマスター盤だ。やはり第7面にまるまる録音だからか、メリハリがあり勢いがいい。4だ。いやしかし、前述3枚のUKには及ばないから4−(マイナス)か。出来立てほやほやのマスターテープから作った音と、約30年が経って劣化したマスターテープから作った音の違いだろう。
僕の所有する2018年リマスター盤の“スーパー・デラックス・ボックス・セット”は、3万枚限定。
では最初に4と評価した2018年リマスター盤と比べるとどうだろうと、2018年を聴き直した。2018年は、ギターの輝きが人工的に聴こえる。リコーダーもヴォーカルも耳障りだ。全体に音が硬い。また2007年はギターとリコーダーのバランスはマト1と同様だが、2018年は前述の通りバランスが不自然。2018年、再聴してすっかり色褪せてしまった。とはいえ比べることなく、これだけを聴くなら十分なレベルにはある。
さて、電子書籍「ロック絶対名曲秘話」シリーズの著者たる音楽プロデューサー&ライターの岩田由記夫氏と僕で開催しているイベント、「レコードの達人」にて以上6通りの「天国への階段」聴き比べをする。2月13日13時半開始、場所は東京・大岡山のライブハウス、グッドストックトーキョーだ。ライブハウスゆえの大音量で聴く「天国への階段」、ハード・ロック派にはたまらないだろう。
この日は電子書籍「天国への階段」刊行記念なので、「天国への階段」聴き比べはこれだけでは終わらない。
『BBCライヴ』(クラシックレコード社)/レッド・ツェッペリン。
1998年に発売された『BBCライヴ』はCDのみだったが、ジミー・ペイジによるリマスターで2016年にアナログ5枚組セットが登場した。しかし実は2009年に、アメリカのクラシックレコード社が、アナログ4枚組セットを発売している。同社は、ツェッペリンの多くのアルバム(シングルも)をリマスター、レコード化してきた。アメリカや日本のコレクターには大変な人気があり、新品発売時の何倍もの価格で取引されている。
その理由は録音がいいからだろうが、僕をマト1の世界に案内してくれた会社の後輩K君が言うには、“音がいいというので発売時に買ったが期待はずれ、手放してしまった。マト1の方が、はるかにいい”とのこと。
僕は同社のリマスターは聴いたことがないので何とも言えないが、『BBCライヴ』だけは持っている。この世にたった20セットのテスト・プレスを、ヤフオクで見つけて落札したのだ。マト1の世界では通常盤よりもサンプル盤(プレスやラジオ局に無料で配る)が稀少ゆえ、驚くほど高値で取引される。ましてやテスト・プレスとなるとさらに稀少、レナ中のレアだ。
この激レア・テスト盤と2016年の「天国への階段」を聴き比べる。僕の試聴では2016年を3とすればテスト盤は5、震えが来るほどいい音だ。ギターの輝きが全く違う。2016年はリコーダーに対してギターが耳立ちすぎて不自然、テスト盤のバランスの良さが際立つ。このアンバランスは『永遠の詩』と同様で、逆に言えばジミー・ペイジは意図的にそうしたのだろう。
もちろん本家本元、『Ⅳ』も比較試聴する。ジミー・ペイジによる2016年発売のリマスター盤、USマト1(厳密にはマトC)、そしてUKマト1だ。
まずはリマスター盤。決して悪くはない。というより、これだけを聴くなら不満はない。より良い音志向=オーディオマニアでないなら十分だ。ここも『永遠の詩』と共通する。5段階評価で3としよう。続いてUSマト1。音圧が俄然上がる。ギターが輝き、リコーダーも鳴り響く。音場がぐっと広がる。これを聴くと、リマスターは小さくまとまっていると表現するしかない。4.5で圧勝だ。
variation1のサイド1のフォーシンボルズにはミス・プリントはない。
ところがサイド2は、4番目のロバート・プラントのシンボルが天地逆のミス・プリント。
ではUKマト1はどうか。僕のUKマト1は、8パターンあるとされるマト1のうちのvariation1という超貴重盤。レーベルの印刷違いによるvariationなので録音には関係ないが、市場価格という意味ではダントツのはずだ。USに比べると、音が柔らかく落ち着きがある。音場が広いというより、深い。初期のツェッペリンやイエスのレコードに共通する、落ち着いたUK、パワフルなUSという定評通りの音の違いだ。僕の好みはパワフルなUSなので、UKの評価は4となる。
ところがマト1の世界は深遠だ。「天国への階段」(前半の静音部)でこうなら、派手な「ロックンロール」なら間違いなくUS>UKと思うが、聴き比べるとUKの方が気持ちいい。4.5と4が逆転する。
と、かようにマニアックな、「天国への階段」とことん聴き比べを実施する。ツェッペリン・ファンには文字通り「天国への階段」ながら、アンチ・ツェッペリン派には“地獄への階段”。お嫌いな方は、くれぐれもご来場なきように。
文/斎藤好一(元DIME編集長)