分断された世界に地産地消の拠点を拡大
アメリカ人の家庭を何軒も訪問し続けてニーズを把握
──ご自身の歩みについても聞かせてください。米国法人からキャリアをスタートされたとのことですが、当時の経験で今に生かされていることはありますか?
「米国法人は当時、日本と違ってまだ規模も小さかったので、開発、マーケティング、製造、物流から財務経理といった管理業務まで、ひと通り勉強させてもらいました。中でも一番大変だったのは、やはり人材の確保でした。雇用しても定着しないなど苦労したのですが、まず第一に人材育成だという今の考え方は、あの時の経験が大きく影響していると思います。
それからもうひとつ、米国でとても勉強になったのが、消費者のニーズを理解することです。当時アメリカ人の家庭を何軒も訪問し、どういう生活をしているのか、どこで買い物をしているのか、どのような基準で商品を選んでいるのかをリサーチしました。あの経験は、今のものづくりにも確実に生かされていますし、国による環境の違い、考え方の違いを学べたことは、海外展開を考えるうえでも役立っています」
アフターコロナはシンプルに必要とされるものが売れる
──秋にはタイに現地法人を設立するなど、今まさに海外展開を強化されています。2022年度に売上高1兆円という目標も掲げられていますが、今後の注力分野について教えてください。
「タイやベトナムは少し違うのですが、米国や欧州、韓国など、現地に工場を建てて、そこで作った製品を現地で売るというのが、海外展開における我々の必勝パターンになっています。輸出だと厳しい商品も、現地で作って売れば商機が生まれる。この傾向は私が米国法人にいた当時からあったものですが、トランプ政権によって加速した自国主義が飛び火し、その気運は世界中に広がっています。新型コロナウイルスによって世界が分断された今、この流れは当面変わらないと思います。
もうひとつは、デジタルトランスフォーメーションですね。オンラインで買い物をすることが身近になり、商的流通が変わってきています。このような大きな変化が起こっている時は、先にやればやるほど先行者利益が効きますので、その意味でも今は攻めなければいけない時だと思います。
──実際にECでの販売が非常に伸びているということですが、この商流の変化は、家電などアイリスオーヤマの今後のものづくりにも影響をもたらすのでしょうか?
「ECには棚がありません。そこがリアルの小売店とは違うところです。小売店では棚が限られ、商品を下げられないため、いかに差別化するかが重要になってきます。この差別化が消費者のためになることもありますが、そうならないこともある。過剰な機能の搭載がまさにそうではないでしょうか。ECではそのような無用な差別化は不要になり、消費者に受け入れられるものが売れるという、とてもシンプルな競争環境になってくる。そのことを念頭に、ECを前提とした商品開発を強化していきたいと思っています。
一方、商品分野で注目しているのは、リモートワークです。アフターコロナでも2割程度の企業は、リモートワークを継続するのではないかと予想しています。
私が米国法人にいた頃、アメリカではすでにリモートワークが行なわれていました。アメリカの家は大きくて書斎もあるから、働こうと思えば働けるんですね。でも日本ではそうはいきません。こうしている今も多くの人が、ダイニングテーブルで仕事をしている。そこにニーズがあります。それに応えられる法人向けビジネスも強化したいと考えています。コロナ禍で生まれた新たなニーズに〝なるほど〟と思ってもらえる商品で応えていきたいですね」
タイに東南アジア2拠点目を開設
タイ・バンコク市内にベトナムに次ぐ東南アジア2拠点目となる、現地法人を開設。ほかにアメリカ、ヨーロッパ、中国、韓国にもグループ会社を展開する。
取材・文/太田百合子