■連載/あるあるビジネス処方箋
この原稿は年末に1年を振り返りつつ、書いている。今年の私の仕事において印象深い言葉が、「メールベースで…」だった。
6月に、アパレル企業の20代の広報がメールの返信に書いてきた。それ以前に、私が取材の内容について確認したいため、オフィスへ電話をした。双方でやりとりをした1時間程後に届いたメールに書いてあった。「メールベースで…」の前後の流れからすると、「電話でのやりとりは非効率的であり、今後はメールで意思疎通を図りたい」と言いたいのだろうと私は思った。
言わんとしていることはわからないでもない。だが、この担当者の仕事力ではメールだけで意思疎通を図り、前に進めることは不可能だ。例えば、こちらに意味がわかるメールを書くべきだろう。電話でもわかりやすく話すべきとは思う。
だが、担当者のメールの文面は意味がわからない言葉や表現が目立つ。例えば、こちらが確認したいことを投げかけても、回答が返信にない。再度、質問のメールを送るが、回答がない返信が届く。前述したように、止むを得ず、電話をしたのだ。ところが、回答を聞くことはできなかった。要領を得ないのだ。それにも関わらず、「今後はメールベースで…」と書いてくる。意思疎通をするのが、絶望的だ。
私が最初に「メールベースで…」を知ったのは、2000年。当時、30代前半の会社員だった私の自席の斜め前に、20代半ばの女性社員Aがいた。Aは、外部のIT企業(社員数50人程)の20代半ばの女性社員Bとコンビを組んで、プロジェクトに関わっていた。Bは私立の理系の大学院博士課程を中退し、その企業にプログラマーとして就職したばかりだった。
Bは、Aに「電話ではなく、メールベースで仕事を進めたい」とメールに書いてきた。それを受け、Aはメールを送る。ところが、Bからの返信には肝心なことが抜けていたり、意味がわからないところが多いという。「これはどういう意味でしょうか?」と返信すると、興奮したのか、攻撃的な内容の返信が来るようだった。おとなしかったAだがいら立ち、困惑していた。
Aの怒りは、わからないでもない。電話で話せば10分程で終わるものをメールのラリーを10回程して1時間半程かけてようやく理解し合う。非効率の極みなのだ。Bは、Aに「メールベースの方が効率的に進む」と言い張っていたという。
私には「メールベース」の「ベース」とは「メールを中心に」の意味に思える。それならば、臨機応変に電話も使い、テンポよく進めていくべきと思う。Bはすべてのやりとりを「メール」にしようとしていたようだった。これでは、「メールオンリーで…」でしかない。Bは、1年程後に退職した。
その後、約20年間で通算30人程の社員が、私に「メールべースで…」と書いてきた。ほぼ全員が中小企業やベンチャー企業の広報担当者で、特に30代前半までの女性だ。大企業や中堅企業、メガベンチャー企業ではまず見かけない。
私が嫌われているのかもしれないが、毎回、空しい思いでメールのラリーをしている。フリーランスの身であるので、平均的な会社員よりは仕事を効率よく進めたいと願っているつもりだ。
不本意ながらメールでやりとりをせざるを得ないが、返信には意味のつかめない内容が多く、滅入ることが少なくない。なるべく、こういう担当者には近寄らないようにしているが、何かの弾みで巡り合う。それが、冒頭で書いたケースだ。今年は、3人と遭遇した。通常の5倍以上の時間がかかったかと思う。
今後、在宅勤務が増える。「メールべースで…」と向かい合う機会も増えるのだろうか。読者諸氏が就職や転職を考えているならば、こういう社員が多数いる企業にはエントリーしない方がいいと思う。「メールべースで…」は効率的うんぬんとは別次元の問題であり、ただ単に社員教育や育成ができていない職場なのだと私は思う。実際はメールを効果的に使い、効率よく進めている人はたくさんいるはずだ。それこそ、「メールベースで…」だと思う。
読者諸氏は「メールべースで…」と書かれたメールを受け取った時にどうするだろうか。デジタル化が進むほどに、私はこの本末転倒の仕事の仕方を思い起こしたいと思う。
文/吉田典史