【第三回】NTTドコモ完全子会社化の狙いと影響
前回までNTT持株とNTTドコモの分割とその後の関係性を読み解いてきた。5Gの本格化や菅義偉首相による携帯電話料金値下げ指示などもあり、にわかに各社の動きが慌ただしくなってきている。今回はいよいよ合併に至る理由やその裏にある狙い、携帯料金は下がるのか、今後の日本の通信業界の行方を紐解いていく。
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なぜ、NTTドコモを完全子会社化するのか?
今回、NTTドコモはTOBによって、完全子会社化されることになったが、NTT持株にはどんな思惑があるのだろうか。
今回のNTTドコモ完全子会社化の目的について、NTT持株の代表取締役の澤田純氏は、「NTTドコモはNTTコミュニケーションズ・NTTコムウェア等の能力を活用し、新たなサービス・ソリューションおよび6Gを見据えた通信基盤整備を移動固定融合型で推進し、上位レイヤビジネスまで含めた総合ICT企業へ進化するため」 「NTTグループ全体の成長」を掲げており、共同記者会見でも「GAFA(Google、Apple、Facebook、AmazonのIT大手4社)に対抗していくために必要」と説明していた。
この「GAFAに対抗する」という意思表明には、NTTが澤田社長の肝入りで準備を進められ、昨年、NTTが発表した「IOWN(アイオン/Innovative Optical and Wireless Network)構想」がある。詳しい説明は省くが、簡単に言ってしまえば、これまでの電気的なTCP/IPベースのネットワークではなく、光技術を最大限に活用したオールフォトニクス・ネットワークを構成することで、これまでの限界を超えるネットワークと情報処理基盤を実現するという壮大な構想となっている。その内容は澤田氏が監修した『IOWN構想~インターネットの先へ』(NTT出版)という書籍に書かれているが、NTTドコモの次期社長に就任する井伊基之氏も著者のひとりとして、執筆を担当している。
もうひとつの理由として掲げられているのがNTTコミュニケーションズやNTTコムウェアの法人向けビジネスの移管だ。実は、NTTグループでは各社がさまざまな法人向けビジネスを展開しており、案件によっては同じグループ各社がバッティングすることも少なくない。なかでもNTTドコモとNTTコミュニケーションズは、直接、争うことが何度もあったとされる。
今後、政府の方針として、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していく中、NTTグループ内で案件を争うことは好ましくなく、これらを統合することで、効率的にビジネスを展開したいという考えがあるようだ。
垣間見えるNTTグループ内の暗闘
ここまで説明してきたように、電電公社を民営化し、それぞれの道を辿ったNTT持株やNTT東西、NTTコミュニケーションズ、NTTドコモだが、長い歴史の中で、それぞれに独自のカラーが育まれてきている。それと同時に、同じNTTグループでありながら、お互いをライバル視することがあると言う。
なかでも今後の反応が危惧されるのは、現在、NTTドコモや関係各社で働く社員のモチベーションだろう。もし、今後、NTT持株の意向で、NTTドコモ内で厳しいコストカットが強行されてしまうと、これまでNTTドコモを支えてきた優秀な人材が外部に流出してしまうかもしれない。給与などの待遇面では、ここまで説明してきた過去の背景から、NTTドコモは他のNTT各社と異なる給与体系や評価システムを持っているとされ、「完全子会社化によって、手取額は下がるかもしれない」と危惧する社員もいる。
また、前述のように、NTTコミュニケーションズやNTTコムウェアの法人向けビジネスをNTTドコモに移管するなど、各社の事業構成は再編成されることが検討されている。その結果、これまでNTTドコモが手を着けていなかった携帯電話サービスの『サブブランド』を開始することが予想されている。
実は、NTTグループではNTTコミュニケーションズが「OCN」ブランドでISP(インターネットプロバイダー)事業を展開し、その延長線上で「OCNモバイルONE」というMVNOサービスを展開してきた。回線はもちろん、NTTドコモのネットワークを借り受けているが、NTTドコモとの連携をするわけでもなく、独立したサービスを展開してきた。たとえば、MVNOサービスとセットで販売する端末については、NTTドコモと共同で調達することはなく、同じNTTグループ内で「goo Simseller」の名称で端末を販売するNTTレゾナントと組み、SIMフリー端末を扱ってきた。
これに対し、他社ではauが「UQモバイル」、ソフトバンクが「ワイモバイル」をサブブランドとして使い、両社で端末ラインアップの一部を共通化するなど、効率化を図り、共に市場でのシェアを拡大している。ワイモバイルは一般的なMVNOと違い、ソフトバンクと同じネットワークを利用するサブブランドとして展開し、シェアを獲得してきた。UQモバイルはauからネットワークを借り受けるMVNOであると同時に、auにWiMAX 2+の回線を貸し出すMNOでもあるため、auとほぼ変わらないパフォーマンスを得られる環境を提供し、ワイモバイルを猛追してきた。今年10月からはUQモバイルもKDDI内に吸収され、auのサブブランドとして展開されるため、今後はさらにauとの連携が強まることが期待されている。
これに対し、NTTドコモはサブブランドを持っていないが、これは回線を貸し出しているMVNO各社が自らの顧客であり、NTTドコモがサブブランドを持てば、MVNO各社の業績にも大きく影響が伴うことが予想されるためだ。しかし、NTT持株に「そんな甘い考えだから、収益が落ち込むんだ」という厳しい声もあるようで、今後はNTTコミュニケーションズの「OCNモバイルONE」をベースに、サブブランドを起ち上げる(起ち上げさせられる)ことになりそうだ。
ただし、懸念される要素もいくつかある。たとえば、NTTドコモとNTTコミュニケーションズは法人向けソリューションなどで争うなど、お互いをライバル視する間柄であり、NTTドコモはNTTレゾナントとの連携を拒んできたとも言われており、各社の関係性はあまり芳しい状態ではない。そのため、すんなりとサブブランドが起ち上がるかどうかを疑問視する向きもある。このあたりは完全子会社化に対する各社の思惑が見え隠れしており、NTTグループ内の暗闘が垣間見えるとも言えそうだ。
新たにNTTドコモ代表取締役社長に就任することが発表された井伊副社長
また、今のところ、総務省は黙認しようとしているが、NTT持株がNTTドコモを完全子会社化することで、NTTグループの主要な会社はかつての電電公社のような強力な存在になる。なかでも光回線はNTT東西が約70%のシェアを得ており、今後、5Gのエリア展開に欠かせない光回線の整備で、再びNTTグループが独占的な収益を得ることになる。NTTグループがこうした地位を持ちながら、各通信事業者間で公正な競争が確保できるのかは、非常に疑問だ。
NTT完全子会社化は携帯電話料金値下げのため?
今回のNTT持株によるNTTドコモの完全子会社化は、前述のように、NTTドコモの収益を改善しながら、NTTコミュニケーションズなどとの連携を深め、NTTグループ全体としての成長を目指すとしているが、多くのメディアでは菅義偉首相が推し進める「携帯電話料金値下げ」への圧力を強めるための動きだと見る向きもある。確かに、NTT持株は政府(財務大臣)が33.93%の株式を保有しており、TOBが成立すれば、NTTドコモはNTT持株の100%子会社となるため、政府としても圧力をかけやすくなりそうだ。
ただ、政府がNTT持株の株式を保有しているとは言え、三十数年前に民営化された企業であり、NTTグループに対抗するKDDIやソフトバンク、楽天も株式を公開した民間企業だ。携帯電話料金に限った話ではないが、本来、各社とも料金は自由に決めることができるはずだ。かつては許認可制、届け出制の時代もあったが、現在は各社が独自の試算で決めており、これを圧力で値下げさせるとすれば、時代に逆行した規制強化につながる。もちろん、通信技術が進歩しているのだから、携帯電話料金の低廉化を確実に進めていくべきだが、「料金を4割下げたら、つながる場所は4割減った」では困る。災害の多い日本において、現在は各社とも日頃からさまざまな対策を打ち、災害時には早急に復旧を図るなど、社会インフラとしての責任を確実に果たしてきているが、料金を安くしたことによって、こうしたサービス品質が低下してしまっては本末転倒だ。
もし、本格的に値下げをするのであれば、料金を比較するための客観的な指標を示し、きちんと実のある議論を展開したうえで、各携帯電話会社に値下げを求めていくべきだろう。「国民の共有財産である電波を利用している」ことを指摘する声もあるが、各携帯電話会社はすでに多額の電波利用料を支払っており、その金額は同じく電波を使う地上テレビ事業者に比べ、一桁も二桁も多い。具体的に言えば、最高額のNTTドコモが約178億円であるのに対し、地上テレビ事業者でもっとも多いNHKが約20億円で、在京キー局でも約4億円程度しか支払われていない。どちらの業界が「もっと電波利用料を支払うべき」なのだろうか。
NTT持株によるNTTドコモの完全子会社化は、NTTがここ数年、着実に進めてきたNTTグループ再編の大きな節目であり、その成り行きによっては、今後、国内の通信業界が大きく変革することになるかもしれない。それは必ずしも『成功』への道ではなく、政府の舵取り次第では『失敗』を招いてしまうリスクもある。KDDIやソフトバンク、楽天など、ライバル各社の動きはまだ見えてこないが、各社の動向をチェックしながら、今後の通信業界の成り行きを見守りたい。
文/法林岳之
Web媒体や雑誌などを中心に、スマートフォンや携帯電話、パソコンなど、デジタル関連製品のレビュー記事、ビギナー向けの解説記事などを執筆。解説書などの著書も多数。携帯業界のご意見番。
編集/石崎寛明