■連載/ヒット商品開発秘話
新型コロナウイルスをきっかけにして除菌製品のニーズが高まっている。除菌製品は効果が高いものもさることながら、安全なものを使いたいもの。とくに小さな子どもがいる家庭は、安全性に気をつかうはずある。
やさしさと除菌性能を両立していることで現在好評なのが、花王が2019年11月に発売した『クイックル Joan(ジョアン)』。特徴は、ノンアルコール、99.9%除菌と24時間抗菌を実現したこと(すべての菌を除菌・抗菌するわけではない)。微香性で広範囲に使えるスプレータイプと、無香性で手指や口元の汚れ落としにも使えるシートタイプの2つをラインアップしており、これまでに累計250万個以上販売している。
汚れが気にならなくなると菌が気になる
『クイックル Joan』誕生の背景としてまず挙げられるのは、拭き掃除洗剤における消費者ニーズの変化だった。一番重視されるのは「汚れ落ちの良さ」だが、同社の調査によれば、時代が進むにつれて「成分が安心できること」や「除菌効果があること」も重視されるようになってきた。末子未就学児を持つ家庭に限れば、「成分が安心できること」と「除菌効果があること」は「汚れ落ちの良さ」と同等にまでなるほどだ。
拭き掃除洗剤における品質重視点の2008年と18年の比較(単位%)
除菌効果が求められるようになったのは、住環境の変化による。最近の住宅はキッチンが防汚加工により汚れなくなり、リビングやダイニングに汚れが広がる心配はなくなったが、目に見えない汚れや菌を気にする人が増えてきたというのである。
これはなぜか? 開発を担当したコンシューマープロダクツ事業部門ホームケア事業部の坂田美穂子さんは、その理由を次のように分析する。
「当社の調査で、子どもの病気で突然仕事を休まなければならないことで悩んでいる有職女性がいることがわかりました。子どもを持つ有職女性はこのようなことが菌について気にするきっかけになり、出産と職場復帰を経験された有職女性が増えたことで目立つようになったと考えられます」
花王
コンシューマープロダクツ事業部門
ホームケア事業部 坂田美穂子さん
菌を気にする意識が強くなったことは、拭き掃除の頻度が向上していることからもうかがい知れる。同社の調査によれば、キッチンの壁、キッチンにある棚などの家具、キッチンカウンター、調理台を拭き掃除する頻度は、2018年は2016年と比べてどれも軒並み上昇。これに伴い、アルコール除菌スプレーと除菌ウェットティッシュの市場も年々伸長を続けている。
アルコール除菌スプレーと除菌ウェットティッシュの市場規模の推移
こうした現状から、同社は除菌製品で何らかの対応が必要と判断。除菌性能に加え拭き掃除洗剤で重視されるようになった「やさしさ」を両立するべく、『クイックル Joan』を開発することにした。2017年から処方の設計に着手し、2018年から本格的な開発に乗り出す。
天然由来成分の発酵乳酸を活用
効果の高い除菌といえばアルコール除菌だが、「ニオイが気になる」「使う場面を選ぶ」というイメージがあり、使うのをためらうときがある。そこで『クイックル Joan』では、手肌の荒れが気になる人、小さな子どもがいる人、ペットを飼っている人など、誰でも気兼ねなく、家の中ならどこでも使えるよう、やさしさ処方で「除菌に安心」をコンセプトに開発することにした。商品名のJoanは、コンセプトである「除菌に安心」の略語(除安=じょあん)というダジャレからきている。
まず、これまでの研究知見から、効果の高さと安全性の高さを両立する処方に使える有効な成分を探すことに。すると、有機酸が有力であることが判明する。有機酸には乳酸やクエン酸などがあるが、最小限の配合量で効果を発揮でき、肌にやさしく家具などを傷めにくいやさしい処方を可能にするのが、抗菌成分に配合した発酵乳酸であった。発酵乳酸は乳酸菌に栄養を与えて発酵させた天然由来の成分という特徴がある。
「効果を安定して発揮できる品質を実現する処方をつくるのが難しかった」と振り返る坂田さん。処方の微調整を繰り返し、検証した処方パターンは100以上。完成した処方を研究員の自宅でテストし除菌・抗菌性能を検証したこともあり、納得いくものができるまで1年以上の時間を要した。
スプレーには天然ローズマリー水を配合し、わずかに香りをつけたが、これは「除菌するとスッキリした気持ちになる」という声をヒントにした。逆にシートは、テーブルを拭くことのほかに子どもの手指や口元を拭きたいというニーズが確認できたことから無香性にした。
配合した天然ローズマリー水は刺激が少なく化粧品などに使われるもので、香りはみずみずしく穏やか。水溶性で溶剤や活性剤を使わない処方に溶けやすいという性質を有している。天然ローズマリーを水蒸気で炊き上げ、気化した香り成分を冷却して液化したものから精油を分離してつくった。
また、シートについては素材選びも重要なポイントになった。求められたのは柔らかく拭き筋が残らないこと。掃除に使うものなら柔らかさ、体を拭くのに使うものなら拭き筋を気にしないで済むことから、シートの素材選びはやや難航。10種類近くの素材を開発担当者全員で検証して決めた。
新型コロナウイルスで需要が急増
販売面については、商品名とコンセプトである「除菌に安心」をいかに早く認知してもらうかに注力することにした。早く、広く認知を拡大するため、まず発売に合わせてテレビCMを放映。イメージキャクターに寺嶋眞秀(まほろ)くん(女優・寺島しのぶさんの息子)を起用した。CMソングにはシンガーソングライターの秦基博さんが作詞・作曲・歌唱を担当したオリジナル曲『Joan』が使われた。CMソングは最近のものにしては珍しく商品名を歌い込んでいるが、これはコンセプトの「除菌に安心」と商品名のJoanの両方を消費者にセットで覚えてもらうためであった。
そして2020年に入ると、新型コロナウイルスの影響を受け、他の除菌スプレーや除菌シート同様、需要が急増。生産に追われることになった。現在は安定して供給できているが、4月や5月は供給が追いつかなかったほどだった。
当面の間は安定供給につとめることを優先し、ラインアップの追加などは考えていなかったが、シートに関しては「持ち運びしたい」という声が多かったことから、9月に携帯用シートを限定発売する。
また、ウイルスに効果を発揮するかどうかを調べたところ、99.9%のウイルスが除去できたことが確認できたという。「最初はウイルスにも効果があるかどうかまでは確認していなかったのですが、新型コロナウイルスを受けてウイルスに効果があるかどうかを試験したところ、効果が確認できたので、公表することにしました」と坂田さん。すべてのウイルスを除去できるわけではないものの、この結果はコロナ禍で消費者に安心感を与えることになった。
取材からわかった『クイックル Joan』のヒット要因3
1.覚えやすい商品名
コンセプトである「除菌に安心」を略した「除安(じょあん)」を商品名に採用。ダジャレが元になっていることと、商品名を歌い込むオリジナルCMソングなどにより、商品名が覚えやすく広く浸透した。
2.用途を選ばない
テーブルなどの家具類だけでなく、ペット用品やスマートフォンなど、様々なものの除菌・抗菌に使用可能。悩まず使うことができるほどの高い汎用性が高く評価された。
3.誰かや何かのために安心して使える
子どもが小さかったりペットを飼っていると、どんなものでも安全優先で選ぶようになる。除菌スプレーや除菌シートも例外ではないため、安心できる成分で高い効果を発揮する処方を設計。迷うことなく安心して選び使うことができた。
除菌は今後、生活習慣として定着するだろう。除菌スプレーや除菌シートに一番求められることは、これからも除菌性能であることに変わりはないだろうが、小さな子どもを持つ親やペットを飼っている人は、安全な成分を使い安心して使えることも求める。『クイックル Joan』は、安全・安心なものを求める人たちの心に寄り添った、やさしい商品だといえる。
ブランドサイト
https://www.kao.co.jp/joan/
文/大沢裕司