日本も本場ヨーロッパに負けないレベルのワインをつくるようになった。日本産ぶどうを100%使い日本国内でつくられる日本ワインは国際的にも評価が高く、コンクールで金賞を受賞することも珍しくない。
@DIMEではこのほど、日本のワイン業界をけん引しているメルシャンの長林道生社長の単独インタビューを敢行。その内容を2回に分けて紹介する。前編の今回は、ワインづくりで心がけていることをはじめ、ワイナリーがある地域とメルシャンの関係、さらには、「ワールド・ベスト・ヴィンヤード2020」(※)で「シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ワイナリー」が世界第30位、かつベストアジアに選出されたことについてお話を伺った。
※ワインツーリズムに取り組む世界最高のワイナリーを選出するアワード
長林道生(ながばやし みちお)
メルシャン代表取締役社長
1964年生まれ。1988年3月、上智大学外国語学部フランス語学科卒業。同年4月、キリンビール入社。インターフード社(ベトナム)代表取締役社長、キリンビールマーケティング 執行役員広域販売推進統括本部統括本部長、キリンビール 執行役員マーケティング本部広域販売推進統括本部統括本部長を経て2019年3月より現職。
「ワールド ベスト ヴィンヤード2020」で30位選出は誇るべき快挙
--近年、日本ワインが高く評価されるようになりました。どのような要因から評価が高くなったとお考えでしょうか?
まず言えることは、日本には300を超えるワイナリーがあり、互いに切磋琢磨しているところではないでしょうか。こうした環境が、ワインづくりの技術とワインの質を高めたと思います。
メルシャンの歴史をつくってきた浅井昭吾氏(故人・筆名:麻井宇介)には、「日本を世界的なワインの銘醸地にする」という夢があり、われわれもその夢を引き継いでいます。浅井氏は長野県塩尻市桔梗ヶ原地区で欧州系ぶどう品種メルローの栽培に踏み込んだほか、“辛口の甲州”のスタンダードとなった「シュール・リー」製法を他のワイナリーに開示するなどしてきましたが、大事なことは、メルシャン1社だけで頑張るのではなく、ワイン業界全体でワインづくりの技術やワインの品質を上げることに取り組むこと。それが実を結び現在があると思います。
メルシャンに限っていえば、国内外でかなり多くの賞をいただいています。日本ワインコンクールだけでも、第1回開催の2003年から2019年までに受賞した金賞は累計で53個。海外でも1989年にリュブリアーナ国際ワインコンクールで大金賞を受賞したのをはじめ、数多くのワインコンクールで高い評価をいただいています。
--貴社が評価されているのはワインだけではありません。長野県上田市にあるシャトー・メルシャンの椀子(まりこ)ワイナリーがこのほど、ワインツーリズムに取り組む世界最高のワイナリー50を選出する「ワールド ベスト ヴィンヤード2020」で30位に選ばれました。
日本はおろかアジアのワイナリーではじめて、「ワールド ベスト ヴィンヤード」に選出されました。ワインといえばヨーロッパが本場で、日本ワインはかなうわけがない、と日本人自身もどこかで思っていた中、海外で評価され今回の選出に至ったことは快挙であり、誇るべきことです。海外で評価されれば日本ワインの価値が高まるので、これを機に日本ワインはスゴいという風潮が日本国内で生まれ、ワインに興味を持ってくれる人が増えることを期待しています。
椀子ヴィンヤードは2003年に開園しましたが、奇跡に近い形で素晴らしい土地と人にめぐり合うことができました。2019年に椀子ヴィンヤード内に椀子ワイナリーをつくり、そして今回の「ワールド ベスト ヴィンヤード2020」で30位選出。ヴィンヤードが開園してから17年でここまで来ました。
新型コロナウイルスが収束したらおそらく、椀子ワイナリーには世界各地から興味を持った人が多く訪れると思います。CNNでも紹介されたので、ワインツーリズムが活発になるかもしれません。そうなれば、上田市の価値が高まり、世界に知れ渡るでしょう。今後、上田の食材とワインを掛け合わせて世界に向けて情報を発信したり、ワインツーリズムで海外から人を呼び込むなど、とれる選択肢はいろいろあります。
長野県上田市に位置する「椀子ヴィンヤード」
広大なぶどう畑の広さは、なんと東京ドーム約6個分!メルローやシャルドネ他、8種類のぶどうを垣根式で栽培。
椀子ヴィンヤードでつくられる赤ワイン「シャトー・メルシャン 椀子 オムニス」。
--実際に椀子ワイナリーを訪れたら、いろんなことが感じ取れ、魅力がより鮮明に実感できるでしょうね。
ワインの醍醐味は体験にあると思います。ぶどう畑でぶどうを手にしてテロワールを感じることのほかに、醸造所を見学する、ワインづくりにかかわる人たちと触れ合う、地元の食材とともに雰囲気を味わうなど、ワイナリーには五感を使うことで得られる魅力があふれています。ワイナリーの魅力は、そこでつくられるワインの魅力となります。新型コロナウイルスが収束してからになるかもしれませんが、ワイナリーツアーも積極的に行ないたいです。
日本ワインのレベルは上がったが、うかうかはできない
--「ワールド ベスト ヴィンヤード2020」の選考で何か気づいたことはありましたか?
今までは、一般的にはヨーロッパの伝統国に重きを置いているところがあったかと思いますが、このアワードは公平性を重んじているそうで、フラットに見て評価していただいたと思います。1位のヴィンヤードはアルゼンチンのズッカルディ・ヴァレ・ド・ウコというところですし、椀子ワイナリーより下の33位は、あの有名なシャトー・ムートン・ロートシルト(フランス)です。
--日本に限らずヨーロッパ以外のレベルが上がり、ワインの世界では無視できない存在になってきているということでしょうか?
それは間違いなくあると思います。日本市場を見ていても、2019年2月に日欧EPAが発効されてヨーロッパ産のワインが一時期伸びましたが、現在はチリ産ワインが復活しています。コストパフォーマンス含め、お客様も先入観や過去のイメージにとらわれることなくニュートラルな目で見ていいものを選ぶ人が増えている気がしています。
日本ワインも品質が上がり世界的に評価が高くなりましたが、うかうかしていられない状況です。今回の選出も踏まえながら、これからも日本ワインの価値を上げていきます。
ワインづくりの原点は、つくり手の想いや顔が見えること
--ワインの品質を上げるために心がけていることや意識していることは何でしょうか?
技術力を上げることはもちろんですが、最近、ワインづくりの主人公であるつくり手の想いや顔が付加価値の源泉になることに気づきました。
新型コロナウイルスの影響で国内3か所のワイナリー(山梨・勝沼ワイナリー、長野・桔梗ヶ原ワイナリー、同・椀子ワイナリー)が休館となったとき、オンラインでワイン試飲会やワインセミナーを開きました。この経験からわかったことが、つくり手の顔が見え、つくり手が語りかけることではじめて、ワインの価値が実感できるということです。ワインづくりの原点は、つくり手の想い、つくり手の顔が見えること。この点をこれから強化していきたいと考えています。
--確かにワインは他のお酒と比べて、つくり手の顔が見え、つくり手と商品が強く結びついている印象があります。
そうなんです。ワインの本当の良さを知ってもらうためには、1 to 1マーケティングが大事になります。ヴィンテージ、テロワール、ぶどうの品種など、知れば知るほど奥が深い。これらは、つくり手の想いなしには伝わりません。つくり手の想いがワインの多様性を生み出しているのです。
--新型コロナウイルスがきっかけになりましたが、オンラインでつくり手とつながる機会が増え、つくり手の想いや顔を知る機会が増えました。
ワインは種類豊富な上に、価値を伝えるのが難しいもの。だから、自らすすんで知ろうとすればするほど、興味が湧いてくるところがあります。SNSでの滞在時間や1 to 1でのコミュニケーション時間が長くなってくると、ワインの魅力が伝わりやすくなると感じています。ワインは語って、語られてこそ価値が上がる商品なのです。
--何がきっかけでワインに興味を持ってくれるかわかりませんので、とにかくいろんな情報を発信していく必要がありそうですね。
ワインの世界は奥深いので伝えたいことは多いのですが、メーカー発想で、専門用語を使い難しいことばかり言ってしまうと、拒否されかねません。ワイン初心者の方に椀子ワイナリーの素晴らしさを訴えて1本1万6000円もするシャトー・メルシャンのワインを「買ってください」と言うのは到底無理です。
知りたいことは人によって違います。キメ細かい1 to 1マーケティングがお酒の世界でも求められるようになってきました。
ワイナリーのある地域とは共存共栄の関係。貢献できることは多岐にわたる
--貴社は国内に3か所、ワイナリーを持っていますが、持続的なワインづくりを見据えたとき、地域との連携やワインづくりに携わる人材の育成についてどのように考えていらっしゃいますか?
まず、キリングループが推進しているCSV(Creating Shared Value 社会課題の解決を通じ、持続的な企業価値の向上を目指す)経営の重点課題である地域社会への貢献には、地域との共存共栄が重要です。地域に役立つことをして貢献することで自分たちの経済的価値を享受し、得られた経済的価値を再投資しながら大きな価値を生み社会に提供する。これが私たちの目指す姿です。
ワイナリーの役割は大きく、ツーリズム等による地域・コミュニティーの活性化や、遊休地をぶどう畑にすることによる生物多様性や景観の保持、地域の学校教育や農業教育、といったことで貢献ができます。新型コロナウイルスがきっかけで、シャトー・メルシャンでも6月からバーチャル・ヴィンヤードツアーを始め、8月には椀子ヴィンヤードのバーチャル・ヴィンヤードツアーを行ないましたが、このような取り組みに地域のワイナリーにも参加いただき、一緒に盛り上げていくことも大事なことかもしれません。
希少種・在来種の植生再生活動も行われている。
農業教育の一環、じゃがいもの収穫体験風景。
地域のワイナリーと連携して、日本ワイン業界全体を活性化していくことで日本ワインの価値は上がり、ひいてはシャトー・メルシャンの裾野も広がると考えています。
ワインのつくり手の中でもぶどうの栽培農家に関しては、将来を見据えた対策が必要かもしれません。シャトー・メルシャンでは2027年頃までに、現在の50ヘクタールから76ヘクタールにまで拡大する考えですが、さらにワイン生産量が増えていくことになった場合、もっとぶどう畑を確保しなければなりません。そうなったとき、後継者がいない畑を利用させていただくことが考えられますが、ぶどう栽培に携わる人材の育成が課題になるでしょう。畑を増やしても人材がいなければ何もできないので、畑の確保とぶどう栽培を担う人材の育成は一体になって考えていかなければならないと思っています。
これらのことは、私たちだけが頑張っても未来は開けません。ワイン業界はワイナリーのある地域と共存共栄する視点を忘れないようにしたいです。
--自治体や大学との連携も活発なようですが?
キリングループと上田市は椀子ワイナリーがオープンした後の2019年12月に、ワイン産業振興を軸にした地域活性化に関する包括連携協定を締結しましたが、これは上田市と一体になって地域活性化を促進していくことを狙ったものです。このほかには、上田市にある公立大学法人長野大学とメルシャンで包括連携協定を締結しました。当社のワイン醸造家が大学で講義を受け持ったり、椀子ワイナリーやぶどう畑で学生向けの研修をするなどしています。
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取材・文/大沢裕司
撮影/深山徳幸