2020年6月1日に施行された労働施策総合推進法に基づく、パワーハラスメントを防ぐための法規制、通称「パワハラ防止法」を受け、パワハラ対策が事業主の義務となった。中小事業主は2022年4月1日から義務化されるため、それまでは努力義務となる。
上司やマネージャーの立場となれば、部下との関わり方にも注意が必要になってくる。
そこで本シリーズでは、3回にわたって、上司の悩みごとのパワハラ予防策を特定社会保険労務士の毎熊典子さんに聞く。今回は、「部下にミスを指摘するとき」のパワハラ予防策だ。
【取材協力】
特定社会保険労務士 毎熊典子さん
慶応義塾大学法学部法律学科卒。シニアリスクコンサルタント、プライバシーコンサルタント、健康経営エキスパートアドバイザー。ダイバーシティ時代における労務管理に関する講演・執筆多数。【主な著書】『これからはじめる在宅勤務制度』(中央経済社)
フランテック社会保険労務士事務所
https://www.maikuma.jp/
よくある上司の悩み「部下にミスを指摘するときに強く言いすぎてしまう」
まずはこの上司のお悩み。
「部下にミスを指摘するときに強く言いすぎてしまいます。何度言っても同じミスを繰り返すと、イライラが募り、思わず怒鳴ってしまうこともあります。これはパワハラのリスクはありますか? あるとすればどのように伝えるとパワハラになりますか? 線引きがありましたら知りたいです」
●「叱る」と「怒る」は、異なる行為であることを理解する
「何度も同じミスを繰り返す部下をつい大声で怒鳴ってしまい、後悔したという経験を持つ上司の方は少なくないと思います。部下を指導することは上司としての大事な仕事です。部下の育成を図るうえで、ときには部下を叱ることが必要になることもあると思います。
ただ『叱る』と『怒る』は、異なる行為であることを理解しておくことは大事です。イライラを募らせ激昂(げっこう)し、『バカ』『給料ドロボー』『今度ミスしたらクビだ!』など、部下を侮辱したり、人としての尊厳を傷つけたり、脅すような言葉を浴びせたりして部下に精神的なダメージを与える行為は、「言葉による暴力」によるパワハラに認定されるリスクがあります。
また、大声で怒鳴らなくても、業務上必要であると判断される範囲を超えて、長時間にわたって延々と説教を続けたり、恥をかかせる目的であえて大勢の前でミスを指摘したり、人格を否定するような発言を繰り返すことも、パワハラとなる可能性が高いと言えます」
パワハラ予防の「部下へミスを指摘する」ポイント
そこで、このような悩みを持つ上司がパワハラを予防しながら部下へとミスを指摘するポイントを毎熊さんに聞いた。
1.「か・り・て・き・た・ね・こ」を意識する
「部下のミスを指摘して指導する際のポイントとしては、次のことが挙げられます。『か・り・て・き・た・ね・こ』と覚えるとよいでしょう」
「か」…感情的にならない
「り」…理由を話す
「て」…手短に
「き」…キャラクター(人格・性格)に触れない
「た」…他人と比較しない
「ね」…根に持たない
「こ」…個別に叱る
2.怒りを感じたら6つ数える
「『怒りの感情は6秒待てば鎮まる』と言われています。ミスをした部下に腹を立て、思わずかっとなったら、すぐに言葉を発せずに、心の中で一つ、二つ、三つ、と六つ数えましょう。怒りの感情を自らコントロールすることができれば、パワハラのリスクを回避して、適切に指導することができるようになります」
3.ミスの原因を明らかにしてから指導する
「部下が何度も同じミスを繰り返すときは、なぜ同じミスを繰り返すのか、その原因について検討する必要があります。指示内容を理解できていないからミスをするのか、指示内容は理解しているが、それを実行するための知識やスキルがないからミスをするのか、あるいは、指示内容を理解し知識もスキルもあるがやる気がないだけなのか。原因を明らかにしたうえで、それに応じた対応を取ることが、部下を適切に指導するうえで必要とされます」
テレワーク中に文字メッセージを送る際の注意点
テレワークでは、メールやチャットで部下のミスを指摘することもあるかもしれない。テレワークでのコミュニケーションの注意点について、毎熊さんは次のようにアドバイスする。
「コミュニケーションには、言語を使った『バーバルコミュニケーション』と、言語以外の仕草や表情、声色などによる『ノンバーバルコミュニケーション』があります。職場で働くときは、バーバルコミュニケーションとノンバーバルコミュニケーションを使った意思伝達が日常的に行われています。
これに対して、テレワークでは、メールやチャットなどによる『文字』のみのコミュニケーションがメインとなりがちです。文字のみによるコミュニケーションは、表情が見えず、声も聞こえないため、相手に誤解を与えたり、不安にさせてしまったりする場合があり、それによりパワハラと認識されてしまう可能性もあります。
そのような事態を発生させないためには、文字だけのコミュニケーションでは、できるだけ丁寧な表現を心がける、挨拶やねぎらいの言葉を添える、仕事の指示はできるだけ詳細かつわかりやすくする、場合によっては顔文字やスタンプなどを使って感情を表現するなど、相手に誤解や不安を与えないための配慮が求められます。
なお、こちらの意図が伝わっていないと感じたときは電話をかけたり、会議システムを使ってお互いに顔が見える状態で話をしたりするとよいでしょう」
部下のミスを指摘するときは、上司にとってまさにパワハラを予防するとき。それに加えて今はテレワークでコミュニケーション面でのむずかしさもある。今回のアドバイスをヒントに注意深く行いたい。
取材・文/石原亜香利