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身近な病気を詳しく知る不定期連載、「ビジネスパーソンに忍び寄る身近な病たち、働き盛り世代が知っておくべき健康寿命を延ばす術とは」シリーズ。
コロナ禍で神経をすり減らしているご時世に、他の病気のことで気を遣いたくない。身近な病気をしっかりと知り、理論武装をして新型コロナウィルスに立ち向かうための企画である。
今回は痛風の後編。私も患った痛風発作はある日突然、足の親指の付け根に違和感を覚え、急速に腫れあがり、立っていられないほどの激痛に襲われた。ところが、猛烈な痛みは徐々に和らぎ、1週間もしないうちに痛みは嘘のように消えて腫れも治まる。一見、完治したような錯覚に陥り、薬も止めてしまうケースが多い。だが治療せずに放置すると、発作を繰り返し徐々にその頻度も短くなってくる。
痛風は体内にたまった過剰な尿酸が、引き起こす疾患だ。血液中に溶けている過剰な尿酸は、関節の中で結晶となりこびりつく。足の親指の付け根や足の甲や膝等、体温が低い関節に尿酸の結晶はたまる。
山王メディカルセンター院長、山王メディカルセンターリウマチ・痛風・膠原病センター長、国際医療福祉大学 医学部教授、東京女子医科大学 客員教授
山中 寿(やまなか ひさし)
1980年三重大学医学部卒業。1983年東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター助手。1985年米国スクリプス・クリニック研究所研究員。2003年東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター教授、2008年より同センター所長。2019年5月より山王メディカルセンター着任、2020年5月より現職。2012年度の日本リウマチ学会学会賞を受賞。
激痛の原因と、コロッと治るのはなぜ?
――なぜ、激痛を引き起こすのでしょうか。
痛風の詳しい解説は、山王メディカルセンター院長で、リウマチ・痛風・膠原病センター長の山中寿先生だ。先生の専門分野は痛風と関節リウマチである。
「関節の中にこびりついている尿酸の結晶が、剥がれ落ちる。すると、それを異物とみなして排除しようと白血球が集まり、炎症を起こす酵素を関節内でまき散らすのです。それが痛みの原因です。関節内は閉鎖空間ですから、プレッシャーが高いので、痛みは増幅します」
――関節内にこびりついている尿酸の結晶が、剥がれ落ちる原因は何ですか。
前回、先生は筋トレ等の無酸素運動は尿酸値が上がり、痛風患者に悪影響を及ぼすと指摘したが、激しい無酸素運動は結晶が関節からはがれる原因にもなるのだろうか。
「それもないとは言えませんが、関節内の結晶が剥がれ落ちる最大の原因は、尿酸値の低下です。例えば、お酒を飲んでいる時は痛風発作が起きない。尿酸値が高いからです。ところが朝は尿酸値が下がる。関節の中の尿酸の濃度も下がり、結晶の周りの一部が溶けてポロッとはがれる。すると異物の見なし排斥しようと、白血球が集まってきて格闘をはじめる」
それが激痛のメカニズムだ。
――しかし先生、発作から4、5日も経つと、痛みはうそのように消えて関節の腫れも引き、あたかも完治したようになるのはなぜですか。
「痛風発作は激痛とともに、関節が腫れて熱を持ちます。時間の経過とともに、熱がはがれた尿酸の結晶を溶かす。はがれた結晶が溶けてなくなると、関節の痛みも腫れも消えるわけです。でも、放っておくとまた関節内の尿酸の結晶がはがれ、痛風発作に襲われます。放置を続けると、次第に関節の痛みが取れなくなる」
合併症、尿路結石の恐怖
「マンションのゴミ置き場に例えれば、尿酸というゴミを収集車が回収しても、回収しきれずにゴミがいっぱい溜まっていく。それが痛風発作を引き起こすわけですから、ゴミ置き場をきれいにする必要がある。それには出るゴミを少なくするか、回収車を増やすしかない。そこで薬を使います。痛風の薬には2種類あり、体内でできる尿酸を減らす薬と、尿酸の排泄を促す薬です」
痛風発作を起こした人は、薬を飲み続けなければならない。だが、発作が治まれば激痛も関節の腫れも、あたかも完治したように跡形もなく消えさる。
のど元過ぎれば熱さ忘れるではないが、医師が処方した薬の服用をつい忘れ、いつしか服用を止めてしまう人は珍しくない。かくいう私もそのパターンだったが、その結果これまでに3回の痛風発作に見舞われている。
私のそんな話に、いささか厳しい顔をする山中先生は、「尿酸値の高い高尿酸血症の患者さんは合併症にも、注意する必要があります」と、警告を発する。
痛風の患者は動脈硬化を起こしやすい。合併症として高血圧、心筋梗塞、脳卒中、肝障害等を上げる。私も経験した尿路結石も、高尿酸血症の合併症の一つだ。
「尿の中の尿酸の濃度が高くなりますから、尿酸が核になって、周りにカルシウムが付着し石になる」その結石が尿管にひっかかると、脇腹が激痛に襲われる。その痛みたるや、痛風発作に勝るとも劣らない。
近年の薬剤の急速な進歩
山中先生が医師になった40年ほど前、痛風の一般な認知が低く、放置した末に足が変形してしまうような重症の痛風患者が、少なくなかった。「でも今、日本は痛風先進国です」と先生の表情は若干、和らいだ。
尿酸は主にプリン体の老廃物で、プリン体と尿酸値は密接な関係があるが、「日本人のほとんどはプリン体という言葉を知っている。これほどプリン体という言葉が一般に知られている国は日本だけです。“日本にはプリン体ゼロのビールがある”、海外の講演でそんな話をすると、“それはどう作るんだ!?”と、質問攻めになります。
健康診断が普及して、ほとんどの日本人が自分の尿酸値を知っているのも世界では珍しい」
近年、社会の意識も変わり、治療法も進歩して、日本の痛風治療の先進国となった。
そもそも山中先生の実家は滋賀県内で診療所を営んでいた。町医者として父親が地域住民と寄り添うようにして、医療を担っていた姿を見て育った。医者になること以外、考えなかったという先生は、「リウマチと痛風をやってみないか」と、医大生の時に先輩に勧誘され、専門とした。
「私が医者になった当時は、リウマチの治療法はありませんでした。関節リウマチで痛みを訴える患者さんには、消炎鎮痛剤を投与する以外になかった。病状が進むと関節が変形し、人工関節になったり、寝たきりになったり」
苦痛を何とか取り除こうと、患者に寄り添い治療を続けた。だが近年、痛風と同様にリウマチの薬剤も急速に進歩した。リウマチ治療の著しい改善が予測できた2000年から、山中先生はリウマチ患者6000人を対象に、約30ページのアンケートを郵送し、98%という回収率に基づき、データベースの作成を続けている。
データからは、この20年間に関節リウマチの寛解率が8%から50%を超えたこと。治療の際の薬剤の投与の量等、このデータは世界のリウマチの治療に大きな影響を与えている。
受け入れる努力と支える力
「でも、もしかしたら治療法がなかった時のほうが、医師は患者さんに寄り添う気持ちをしっかり抱いていたのかもしれません」
山中先生はふと、そうつぶやく。痛みを取ってほしい、それが患者の望みだが、薬剤が進歩した昨今のリウマチの治療は痛みの緩和より、将来的な合併症や関節の変形を抑えることに主眼が置かれがちだ。
患者に寄り添い、痛みの緩和に最善を尽くす一方で、将来的に病気の寛解を見据え、息の長い治療が大切だと、先生は感じているのか。
「一つの病気を根治させるには時間がかかる。ましてや高血圧や糖尿病、痛風もリウマチも慢性疾患は完全に治るものではありません。持病を治すことが無理なら、受け入れる努力が大事なのではないかと」
病気を受け入れ、持病とともに共に生きる患者を時に厳しく、時には優しく支え続ける。ここが山中先生の医療者としての一つのスタンスなのだろう。
例えば、かつての私のように痛風発作を繰り返し、病院の外来を訪れる患者には、「やらかしましたね。こんなにひどくなったのは、あなたの認識不足からなんですよ」と、厳しい顔で語る。そして、「お酒を飲んじゃダメとは言いません。でも、できるだけ控えましょうね」と、諭す。
――痛風発作を3回繰り返して懲りました。今は毎日、尿酸値を下げる薬を飲んでいます。
「生涯、飲み続けてください」
―― 一生涯ですか……
「今より10㎏減量して、お酒を一滴も飲まないのなら、薬を止められるかもしれませんが」
そんな言葉に私は一瞬、黙った。そして最後にこんな質問をした。
――ところで、先生の尿酸値は?
「それはですね。企業秘密なんですよ」と、眼鏡の奥の目が笑った。
取材・文/根岸康雄
http://根岸康雄.yokohama