営業自粛下で「前年比150%」のレストラン「前年比94%」のバー
名古屋のある飲食店から、5月に入り驚くべき報告が届いた。4月の緊急事態宣言発令後、要請に応え一時休業、他の日も午後8時までの営業だったにも関わらず、売上は前年比150%だったというのである。同店はおまかせコース料理のみの完全予約制のレストラン。
そもそもディナーが勝負の店だ。世界的に有名なグルメガイドにも載る同店は、「予約が取れない店」として名をはせていたのだが、緊急事態宣言以降キャンセルが続々と入り、先々の予約がゼロになった。
しかし店主は動いた。10日間ほどじっくり商品を練って、1個3000円、8000円という超高級弁当を開発。主に既存客に向けて販売を開始したところ、その売れ行きが爆発、前年比150%の売上の原動力となったのである。
同様の報告は他にもある。例えば新大阪のバーからのもの。こちらは営業自粛、午後8時までの営業となるとさらにダメージの大きい「バー」である。しかし今年の4月、結果的に前年比で6%しか売上を落とさなかった。
こちらの店が行ったことはテイクアウトだ。と言ってもバーである。ショット売りのウイスキーやカクテルのテイクアウトはできないため、テイクアウトメニューは、「フィッシュ&チップス」「チキン&チップス」など4種、各1000円。これだけだった。それでも結果は前年比94%。緊急事態宣言下、ちまたの多くの飲食店はテイクアウトやデリバリーなどに切り替えたが、そうした店もみな、同じような成果が出ただろうか?これらの店とそうでない店との間にどんな違いがあるのだろうか?
新たなことを始めたとき、「すぐ注文してくれる」顧客がいた
これらの店に共通しているのは、まず“顧客”の存在だ。顧客ならどんな店にもいるのではないかと思う方もいるかもしれないが、ここで言う顧客とは、繰り返しあなたの店や会社で「買う」意思・意向を持つ存在、そして実際に買ってくれる存在のことだ。なぜ、繰り返し買う行動をしてくれる存在だけを顧客とみなすか。それは、お客さんの買うという行動だけが、売上を生み出す唯一のものだからだ。買う行動をする意思・意向を持った存在、”顧客”をどれだけ保持しているか、それが商いを持続的に支える決定的に重要な要素となる。
実際これらの店も、平時から、ここで言う意味を踏まえた顧客作りに励んでいる。そして今回店主らは、弁当やテイクアウトを始めたことをSNSなどを通じ伝えた。すると顧客はすぐに動いた。高級弁当には遠方の顧客も含め注文が殺到し、バーのテイクアウトにも顧客から次々と注文が入った。つまり、こういったとき、店や企業を支えるのは“顧客”だということなのである。
この時代に飲食店がしておいたほうがいい3つの対策
となれば、このウイズコロナ・ポストコロナの時代に、飲食店が取るべき対策は明確だ。まず1つ目には、「顧客を持つこと」である。
ではちまたの店には顧客がいないのかといえば、顧客がいる店はもちろんある。しかしそういった店の多くに足りないことは、顧客との“つながり方”だ。先の店では、日常的に顧客とのつながりを保つよう、SNSでの発信や、ニューズレターと呼ばれる定期刊行物の発行などを行っている。何かあったときだけ発信するのではなく、何もなくても日常的な発信を絶やさず行っている。そういう活動があって初めて、「なんとなく常連さん」ではなく、はっきりと「顧客」と言える存在が保持されていく。
2つ目には、その顧客への「働きかけ」だ。先のバーも、ただ単に店頭に「テイクアウト始めました」と張り紙をしたのではない。例えばテイクアウトを始めるのに先んじて、「バー〇〇(店名)史上最強の危機!」というメッセージハガキを出した。先のレストランも、宅配弁当を始めることを早々に告知し、中身を考える過程、料理を試作していく過程などを、SNSや動画でシェア、「注文したくなる」気持ち作りを行っていた。世の多くの飲食店は、もっと「働きかけ上手」になる必要がある。
そして3つ目には、「顧客リストの整備」だ。顧客リストを整備していなくても、今日、SNSなどを通じ発信はできる。しかし今回の2店だけでなく、このコロナ禍でも底堅い業績の店は、顧客リストを通じ、様々な働きかけを行っている。ここで重要なことは、顧客に直接働きかけられる状態であること。そしてリストとして整備されていることで、誰が反応したのか、誰が来続けてくれているのかが分かること。そういうことなのである。
この3つの対策を振り返ってみると、いずれも出来ていない飲食店は多い。無理もないのは、先の2店もそうだったが、以前は、料理人やバーテンダーとしての知識と腕にすべてを賭けていた。言い方を変えれば、そこさえできていれば商売は盤石だと思っていた。もちろん、飲食店にとってそこは命だ。そういう意味では、この3つの対策は、その「命」をより生かし、ウイズコロナ、ポストコロナの時代にも揺らがない強さを持つためのものなのである。
文/小阪裕司(こさか・ゆうじ)
オラクルひと・しくみ研究所 代表/博士(情報学)。山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県から約1500社が参加。2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。著書は『価値創造の思考法』など計39冊。 公式サイトhttps://kosakayuji.com/