日本の中間管理職の多くは、プレイングマネージャーとして多忙な日々を送っている。自身の営業目標をにらみながら、目を通すべき書類から書類へ、出席すべき会議から会議へ(昨今はリモート会議が大流行だが)へと渡り歩くように業務をこなして、気づくともう夜。帰宅したらしたで、家事シェアが待っている…
リーダーに真に必要なのはマインドフルな「スペース」
そんな慌ただしさに追われるリーダー格の人たちに何よりも必要なのは、昇給とか長期休暇よりも「スペース」だと力説するのは、マインドフル・リーダーシップ協会事務局長のJ・マートゥラーノさんだ。
ここでいうスペースとは、精神的・感情的な余地・余力のこと。それがあれば、問題に直面しても、反射的にその場しのぎの対応をするのでなく、少し余裕をもって考えて対策を打ち出せる。もし、リーダーにこのスペースがなければ、職場は荒れ、業績の低下は免れえない。
このスペースを持つ方法として、マートゥラーノさんが著書『THE SPACE』(田中順子訳/TAC出版)ですすめるのが、マインドフルネスだ。
オフィスのデスクでも行えるマインドフルネス
馴染みのない人には、単なるストレス解消法と受け取られやすいマインドフルネスだが、それは違うという。マートゥラーノさんによれば、マインドフルネスの効用は、心が本来持つ能力を養うというのが第一。それには、スペースの涵養も含まれる。
さらに、マートゥラーノさんは、マインドフルネスには、優れたリーダーシップの基本となる4つの要素―集中力、明確さ、創造性、思いやり―を育む効用もあるという(「明確さ」とは「より明確に物事を見る能力」の意味)。
これら4要素を職場で十分に発揮できているかと自問して、「イエス」と明言できるリーダーは少ないだろう。しかし、マインドフルネスの実践によって、この課題は克服できるという。マートゥラーノさんは本書の中で、いくつかの手法を記しているが、その1つが1日10分の「デスクチェアの瞑想」だ。やり方は、要約すると以下のようになる。
〈静かな環境の中で椅子に座る。注意を足の裏に向け、その感覚(足の裏が温かい等)に心を開く。心が離れたりさまよい始めたら、しっかりと、かつ優しく足の裏に注意を向け直す。しばらくしたら、注意を足先へと移す。以降も同じように、足首、下腿(かたい)、膝…と上へと注意を移す〉
マインドフルネスで職場の人との関係を改善
続いて紹介するのは、「優しさの瞑想」だ。これは4要素の1つ「思いやり」を養う。職場の人への思いやりだけでなく、自分自身への思いやりも足りなかったことに気づく機会を与えてくれるという。以下は、自分への思いやりを養う瞑想を要約したものだ。
〈楽な姿勢で座り、呼吸に注意を向ける。以下のフレーズを2回ずつ、心の中で唱えるが、次のフレーズに移る前に数回呼吸する。
「肉体的、精神的被害から安全でありますように」
「強く健康でありますように」
「幸せでありますように」
「安楽に生きられますように」
フレーズを唱えている間は、自分の体、特に胸のあたりに注意を傾ける〉
また、各フレーズの頭に「あなたが」と加えることで、特定の他者への思いやりも養うことができる。
本書には、上役のスティーブとの険悪な関係に悩む中間管理職のファブリスの例がある。ある日、ファブリスはスティーブから緊急会議に呼ばれる。彼の部屋へ向かうところでファブリスは、優しさの瞑想によって関係を改善できるのではないかと思い、数歩ごとに「あなたが強く健康でありますように」などとフレーズを捧げた。効果はすぐに現れた。
会議室に到着したときには、この数週間、私の中にあった防御の気持ちや怒りはなくなっていた。私は、机を挟んで彼と向き合って座った。私たちの会話は、これまでどの会話よりも生産的だった。そのことに彼も驚いたのではないかと思う。というのも、私が立ち去るとき、スティーブが私の貢献に対して礼を言ったからだ。それは、彼にとっても私にとっても初めてのことだった。(本書224pより)
マートゥラーノさんは、「多くの人が、職場を消耗的で人間味がない場所だと考えているなか、それぞれが思いやりの気持ちを養い、それを体現することの必要性は、かつてないほど大きい」と説くように、この瞑想の効用ははかりしれない。
意図的な小休止でも「今ここに」を体感できる
もう1つ、マートゥラーノさんがすすめるのは「意図的な小休止」と呼ぶものだ。その目的は、未来や過去に漂う自分の心を、今この瞬間に引き戻すこと。会議中に人の話をうわの空で聞いているといった状況の改善に役立つし、心をリセットして物事をクリアに見ることも可能となる。
意図的な小休止のやり方は、「呼吸を感じること、周囲の音を聞くこと、あるいは体の感覚に気づく」というただそれだけのもので、瞑想の姿勢をとったり、目を閉じたりする必要もない。
意図的な小休止の劇的な効果の1例を挙げよう。
その管理職は、直属の部下が自分の部屋に入ってきても、自分の心は送ったばかりのEメールにとらわれたままだと気づいた。そのため、ミーティングの前に少し時間をとって、コンピューターの画面を消して、心の準備のために意図的な小休止をとるようになった。この管理職はその後、チームメンバーから「これまでより話を聞いてもらえるようになった」、「サポートされていると感じた」という評価を受けることになる。(本書89pより)
マートゥラーノさんは、これを習慣化させるため、意図的な小休止をとる場所を3つ挙げるようアドバイスしている。例えば、昼食の場。スマホをながめるのではなく、体が栄養を摂取するのを意識し、食べ物の色や匂い、食感、味に注意を払う。数週間ごとに場所を増やす。やがて、落ち着きを感じ、エネルギーがアップして元気が回復することに気づくはずだ。
日本では社員研修で導入されることが多く、若手社員向けというイメージがあるマインドフルネスだが、上で見たように部下を束ねる立場のビジネスパーソンにも有効だ。必要な時間は、1日にせいぜい20分(10分×2回)。まずは習慣化を目指し、取り組んではいかがだろうか。
文/鈴木拓也(フリーライター兼ボードゲーム制作者)