パワーハラスメント(以下、パワハラ)は、年々増加の一途をたどっている。もし今、「これってパワハラかも?」と思うようなことがあったら、どのように対処すればいいのだろうか? 今回は、まだ明らかにパワハラと判断はむずかしいケースで、自分で対処できる賢い対応法を、米国NLPコーチング研究所公認プロフェッショナルコーチの有岡秀郎さんにアドバイスしてもらった。
いじめ・嫌がらせの労働相談件数は6年連続トップ、増加傾向
厚生労働省の「平成29年度個別労働紛争解決制度施行状況(平成30年6月27日報道発表資料)」によれば、平成29年度の総合労働相談件数約110万件のうち、いじめ・いやがらせの相談件数は約7.2万件。前年より約1,000件増え、増加の一途をたどっている。
こうした状況に対して、有岡さんは次のように話す。
「これは、さまざまなハラスメントに関する感度が高まっていることとともに、LINEなどのSNSの普及を背景に、情報がよりクローズになりやすく、職場のコミュニケーションに関する問題が明るみになりにくいことも影響していると感じています。
一方、一昔前によく見られた、人前で激しく罵声を浴びせたりするような、目に見えやすいパワハラは減ってきている印象があります」
「これってパワハラじゃないか?」と感じたら?
職場で、時に、あからさまなパワハラではないものの、「これってもしかしたらパワハラじゃないか?」と感じることもあるかもしれない。そんなとき、賢い対処法を有岡さんにアドバイスしてもらった。
「『これってパワハラじゃないか?』と感じたときは、自分が心身ともに健全な状態を保つために最適な方法を取り続けることが一番重要です。どんな形であれ、自分の大事な身体を安全に保つことを最優先に考えてください」
●なぜパワハラ問題は複雑なのか
「まず、パワハラ問題は複雑であることを理解しておいたほうがいいでしょう。主に次の3つが特徴です」
1.パワーバランスとうまく付き合う必要性
「一般的に、パワハラは社会的地位や権力が高い者から低い者に対して行われるものだと考えられます。ですから、タテ社会を重んじる日本においては、とくにパワハラを受けている側は基本的に言い返せないのが普通です。従って、パワーバランスとうまく付き合うことが重要です」
2.パワハラをする人の社内で優位な立ち位置にある
「パワハラをする人は、その企業の中で一定以上の成果を出している可能性が高く、それゆえに、そのやり方を周囲の人が否定できないことが、組織の中で問題を非常に複雑にしています」
3.両者の信頼関係が崩れかかっている
「『パワハラじゃないか?』と感じているということは、そのパワハラをする人との信頼関係が崩れていると考えられます。どこかで、その人の言っていることを信頼できないからこそ、『パワハラかも?』という感情が湧いていると考えられます」
●具体的な対処法
「このようなむずかしい状況の中、対象法として、具体的には次の3つがポイントになると考えられます」
1.残す
「残すとは、パワハラの事実について記録を残すことです。内部通報をはじめ、周囲に助けを求めようとしたときに、どのような言動をどの程度受けたのか、その客観的な事実がなければ、取り合ってもらえない可能性があります。従って、まずは『頻度』や『期間』の記録を残すことを心がけてください。必要に応じてボイスレコーダーや動画で記録するのもおすすめします」
2.闘う
「闘うとは、勇気を持ってパワハラしている相手と対峙することです。これは非常に勇気のいることだと思いますが、パワハラを受けてあなたご自身が立ち直れないほど心身ともにダメージを受けるくらいであれば、相手に意思表示をする気概を持ちましょう。
正面から闘う勇気がなければ、内部通報機関や周囲の上司を味方につけてください。また、この行動をとることで、2人の関係はもとに戻らない可能性がある、と覚悟して臨んで欲しいと思います。
手順としては、まず、自ら本人に『やめていただけないでしょうか?』『私が改善できる指導にしていただけませんか?』などの意思表示をします。もしパワハラをする側の改善が見られないようでしたら、社内の内部通報機関や周囲の上司に相談してみてください。
ただし、先ほどパワハラをする人の社内の立ち位置でお話ししたように、社内の関係者はパワハラをしている人の意見を尊重する可能性が高いので、注意してください。社内もダメなら社外の専門家、例えば法律家や社労士に相談してみてください」
3.逃げる
「逃げるとは、パワハラをしている人や組織から離れることです。人の怒りの感情は6秒間と言われております。ですから、パワハラめいた叱責している場所から物理的な時間を避けるよう逃げても良いですし、さまざまな手を打っても改善が見られないようでしたら、異動願いや転職も視野に入れましょう。
『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマが少し前に流行りましたが、あの言葉はハンガリーのことわざで、“自分の勝てる場所で勝負する”という意味が込められているようです。さまざまな職場がある中で、あえてその職場に残り、パワハラに苦しみ続ける必要はまったくありません。
加えて、可能であれば、職場以外の心のよりどころを持つことを強くおすすめします。同じ志を持つ知人、例えば社会人大学院や資格取得の学校などのほか、共通の趣味を持つ人、例えば地域のフットサルサークルや料理教室などの人は、自分自身と価値観が近いと思いますので、仕事以外のコミュニティを形成する上で非常に有効だと思います。職場以外に精神状態を回復できる場所が複数あれば、安定した精神状態を保つことが期待できます。それにより『いまの職場で耐えなければならない』という感情を手放すことができ、自分自身にストレスをため込むことなく、受け流せるしなやかな精神状態が保てると思います」
「これって、パワハラかも?」と思ったときのNGな対応
「これって、パワハラかも?」と思った場合、あえてやってはいけない対応にはどんなことがあるだろうか。有岡さんは次のように話す。
「パワハラは、感情をうまくコントロールできない人が行っている可能性があります。ですから、論点のアラを探して論破しようとすることは、火に油を注ぐことになるので、避けたほうが賢明でしょう。例えば、自分がミスをしてしまったことに上司が怒りにまかせて嫌がらせのような発言や態度を向けてきた場合、話を聞きながら、次にどのような行動を改善すべきか思いを巡らせ、『次に同じミスをしないように〇〇を確認します』など、具体的な改善ポイントをお互いに確認できればベストです。
また、信頼できない人に口外するのも避けたほうが良いので、社内の関係性は日頃から注意しておきましょう」
今回は、「これってパワハラかも?」とあいまいな場合の対処法を解説してもらった。明らかにパワハラだと思った場合は、社内の内部通報機関や信頼できる上司、「厚生労働省 総合労働相談コーナー」「法務省 みんなの人権110番」 「NPO法人労働組合 作ろう!入ろう!相談センター」 などの相談窓口に相談しよう。
厚生労働省 総合労働相談コーナー
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/inquiry-counter
法務省 みんなの人権110番
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken20.html
NPO法人労働組合 作ろう!入ろう!相談センター
http://www.rodosodan.org/
【取材協力】
有岡 秀郎さん
米国NLPコーチング研究所公認プロフェッショナルコーチ
航空自衛隊に入り、その後大手航空会社の航空貨物会社、電子部品の法人営業を経て、現在は教育会社に所属。業務の領域は大手上場企業に対する人事施策や能力開発のコンサルティングが中心。個人的な活動としてパーソナルコーチを行う。活動テーマは幅広くビジネスリーダーシップの開発やキャリア開発が中心。
https://s21382801.wixsite.com/website
取材・文/石原亜香利