スペインのバルセロナは首都のマドリードに次ぐ第2の都市で、アントニオ・ガウディが設計したサグラダ・ファミリア教会などがある観光地として有名である。1992年に開催されたオリンピックをきっかけに世界で知られる存在になったが、一方で経済危機や過剰なツーリズムの問題も生じ、そうした問題を解決するために様々な街のデータを活用してきた。その結果、今ではスマートシティのモデル都市として注目を集めつつある。
バルセロナは、なぜ世界で早くからこうした動きを進めることができたのだろうか。ここでは、バルセロナ市情報局でソーシャル・ナレッジ・オフィス ディレクターを勤めるジョルディ・シレラ氏と、都市生態学庁のディレクターを勤めるジョゼップ・ボイガス氏を迎え、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート理事(三菱UFJリサーチ&コンサルティング専務執行役員)の南雲岳彦氏との対談から、その理由について探っていきたい。
都市を科学的に分析し、政策を立案する専門部署を設立
まず、例としてあげられる都市計画に「スーパーブロック」と「リングロード」というプロジェクトがある。「スーパーブロック」は住民以外の自動車の交通と速度を制限し、空いた空間を市民が自由に利用できるようにするというもので、市民が自ら企画運営に参加する仕組みで運営されている。もう一つの「リングロード」はオリンピック開催地区をベースにした環状道路だが、さらに山と海の導線をつなぐことで市内を移動しやすくし、両方を合わせることで街の活性化に結びつけた。
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デジタル技術の進化やインターネットの普及は、都市の生活や経済に大きな影響を与えている。バルセロナではこうした計画を実施するために都市を科学的に分析し、政策を立案する「都市生態学庁」という専門部署が行政内に設けられている。最も大きなポイントは、街から収集した様々なデータを市民と共有し、自ら参加してもらうという形で様々なスマートシティ計画を情報局と共に推進しているところにある。さらに、こうした経験を世界に広めるため、スマートシティをテーマにした国際イベント「Smart City Expo World Congress」を2011年から開催している。
また、2012年からITやデータを活用することで、市を運営するマネジメントを変えてきたとシレラ氏は説明する。テクノロジーを積極的に活用するために、まずはどのように活用していくか、そのアプローチを明確にすることに取り組んだという。
市民生活にデータを活用するための情報収集と公開を早くから進める
南雲:今や世界中でスマートシティ構想を進める動きが活発になっていますが、バルセロナ市が目指すスマートシティとはどのようなものなのでしょうか。
南雲 岳彦氏
一般社団法人スマートシティ・インスティテュート理事、三菱UFJリサーチ&コンサルティング専務執行役員。京都大学経営管理大学院客員教授、国際大学GLOCOM上席客員研究員、タリン工科大学e-Governance Technology Labフェロー。デジタル・ガバメント、スマートシティ領域における国内外の機関、企業等とのアライアンスやコンサルティング等を手掛ける。
シレラ:バルセロナでは、IoTやセンシング、ビッグデータといったものがまだ普及していない2011年からスマートシティ計画としてICTを戦略的に使うことを進めてきました。ただし、それはデータを活用して何かサービスを作るというよりも、都市計画の企画提案や戦略、そこで意思決定に活用するのが目的で、都市での運用に関しては複数のプロジェクトを立ち上げて、市民と一緒に検討しています。
ジョルディ・シレラ氏
バルセロナ市 情報局 ソーシャル・ナレッジ・オフィス ディレクター
バルセロナ市情報局(バルセロナ市ICT部)において32年のキャリアを積み、現在はソーシャル・ナレッジ・オフィスのディレクターであり、イノベーション理事会の運営を担当。
ボイガス:スペインは2012年に金融経済危機に陥りました。バルセロナはそれをきっかけに、経済ではなく“人間中心”に都市のあり方を考えるようにシフトし、家を建てたり、交通手段を整備する時にデータを利用して、計画を検討したり議論するようになりました。
その中にはインバウンド対策のような観光に対する考え方も変えるアイデアもあります。
ジョゼップ・ボイガス氏
バルセロナ市 都市生態学庁 ディレクター/バルセロナ地方土地開発庁 ディレクター
2016年1月からバルセロナ地方土地開発庁(Barcelona Regional)の総責任者、2019年12月からバルセロナ市都市生態学庁(BCNecologia)の総責任者を務める。
南雲:バルセロナでは市が収集したデータを行政に活用するだけでなく、最初からオープンにしてきたと聞いています。なぜそうした考えを進めてきたのでしょうか。
シレラ:一番の理由は行政の透明性を高めるためです。政治に対する不信感をぬぐい、積極的に参加してもらえるようにパブリックデータを公開しています。2011年から12年にはすでにオープンデータのポータルサイトを公開していますが、運用については今も検討を重ねています。
ボイガス:公開されたデータの活用例としては、不動産データの公開があります。住宅の数や土地の資産価値といったデータを公開することで、特定の業者だけに有利な住宅計画を行なうことが無くなり、より公平な条件で市民が家に住めるようになりました。他にも様々なデータが活用できる形で公開されています。
南雲:行政が集めたデータを活用するとなるとプライバシーを問題視する声もあるのではないでしょうか。
シレラ:多くの人がSNSで自分のプライバシーを世界に公開している一方で、企業や行政はパーソナルデータを匿名でも扱うのはあまり好ましくないという意見が多いことを個人的には不思議には思います。とはいえプライバシーは大事ですから、行政と企業とではデータを集める目的も使い方も異なるといったポリシーを明確にし、きちんとマネジメントしています。
行動して考えるスマートな市民がスマートシティを作る
南雲:行政と市民が協力するためにも情報の共有はとても大切だというのはわかります。そこには情報の活用や収集に伴うルール作りが必要であり、それが良いチャネルとなってより良い街づくりにつながると思います。
シレラ:その通りで、いくら情報だけがあっても良い企画提案がなければ何も始まりません。バルセロナではデータを活用し、議論できるプラットフォームを提供し、多くの人たちが接続できるようにしています。というのは、良い意見というのは数で決まるものではなく、一人の人がとても大事な提案をしてくれるかもしれないからです。そのためにも誰もが参加できる「場」を用意しています。
効果としては、約4万人が市の計画に参加し、100を越えるアクションプランやディスカッションがあり、のべ5万件のミーティングが行われています。素晴らしいプロジェクトも多くありますが、プロセスとしてはこれからスタートするところで、成功かどうかは未来において判断されるものだと考えています。
南雲:とても多くの交流やディスカッションが実際に行われているのはすごいことですね。どうやってコラボレーションを生み出しているのでしょうか。
ボイガス:実は、既存の民主主義とも変わるような新しい有効なセオリーを見つけようと日々考えているところなのです。他の都市で何かいい方法がないか探してもいます。例えば、都市計画は通常予算ありきで考えられますが、資金さえあれば計画がうまく進むとは限りません。スーパーブロックのプロジェクトでも都市の真ん中に人が集まるスペースを作る以外に何か決まった計画は立てませんでしたが、勝手に人が集まるようになり、いろいろな使い方を始めてくれました。始める前に市民から意見を聞くのも大事ですが、何か新しいことを始めるのに投票で決めるとだいたい「No!」と言われてしまいますし、聞き方によって結果を誘導できるようなところもあるので、まずは動いて、それから市民に意見を聞いたり、問題点を踏まえてそれに変わるいい方法がないかを考え続けています。
南雲:バルセロナは行政がまず市民を信頼して任せてしまうという点で、私がリサーチしてきた他の国と大きくやり方が異なります。それは教育や訓練によるものか、もしくは市民性の違いなのでしょうか。
ボイガス:実際のところ市民の教育に関しては北欧よりは遅れていると感じています。教育で教えるのも大事なので、その点はこれからの課題ではありますね。バルセロナはいろいろ失敗もしていますし、とにかく街をより良くするには、街をスマートにしていくのは市民自身なので、市民がスマートになる必要があると考えています。
デザインを活かしてモビリティをコントロールする
南雲:IoTやAI、5Gなどのテクノロジーはこれからますます進化し、すでにMaaSのようなサービスが生活の中に浸透し、移動の変化に影響を与えています。バルセロナではデータの活用やCity OSの開発など、デジタル技術を積極的に活用していますが、他にもどのようなものを活用しているのでしょうか。
シレラ:パブリックサービスをより良くするためにテクノロジーの活用は必要ですが、実際に使って検証しながら正しい使い方をするようにマネジメントに取り組んでいます。特に移動手段=モビリティは生活の重要なキーであり、関係者たちと一緒に計画しようとしています。
ボイガス:テクノロジー以外のアプローチもまだまだ考えられます。バルセロナの市民の20%は主に歩いて移動するのですが、歩きやすいように道を設計するだけでなく、自動車が自然と交差点で止まるよう幾何学的な色と形をデザインし、車道を横切りやすくしています。そうしたアイデアは市民と行政だけでなく専門家や大学などのアカデミックな人材も加わって、俯瞰して考えるようにしています。
南雲:行政のスタッフに建築や技術の専門家を採用したりしているのでしょうか。
シレラ:データサイエンティストの専門家を採用したりはしていますが、あまり専門性は重視していません。それよりもスペイン以外の外国で生活したり、企業で働いた経験がある人たちに手伝ってもらうとか、スキルは十分ではなくても若い人たちに参画してもらうなど、いろいろなスキルを持つ人が交じるような方向で採用は考えています。
南雲:様々な立場やスキルを持つ人たちが同じテーマについて考え、将来に向けて良い結果を見つけようとするのは、意見を拡げるという意味でもいい影響がありそうですね。
シレラ:これまで異なるスキルを持つ人たちが集まっても、それぞれ使う言葉が違うので上手く議論できなかったのですが、それについては方法を考えていけばいいと思います。バルセロナでは、そこに住んで生活している人だけでなく、観光で外から来る人たちも、いろいろ参画しながらこれからのスマートシティを考えていく、そんなアプローチにトライしていこうとしています。
■関連情報
スマートシティ・インスティテュート
特別シンポジウム 日本・バルセロナ スマートシティフォーラム
https://events.nikkei.co.jp/21606/
https://channel.nikkei.co.jp/e/20200120smartcity?videoId=6124829625001
スマートシティ・インスティテュートに関して詳しくはこちら
https://www.sci-japan.or.jp/
文/野々下 裕子
フリーランスのライターとしてデジタル業界を中心に、国内外の展示イベント取材やインタビュー記事を執筆するほか、本の出版(電子書籍含む)企画、編集、執筆などを手掛ける。注目分野はロボティクス、AI、自動運転自動車、デジタルヘルス、ウェアラブルほか多数。https://twitter.com/younos
撮影/干川 修