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冬の京都の旅は石庭巡りがおすすめ!作庭家・重森千靑さんがガイドする奥深き石庭の世界

2020.01.09

■連載/阿部純子のトレンド探検隊

 JR東海が展開する「そうだ 京都、行こう。」では、「石庭」をテーマにした冬の京都めぐりを提案している。「京都 禅寺と石庭めぐりプラン」(2020年3月18日まで)は、往復新幹線とホテルがセットになった旅行プランや、石庭を楽しむ多彩な現地プランを用意。旅行プランには「禅語御朱印」(1枚)引換券、冬場の社寺めぐりに重宝する、靴下に重ねて履ける「京の冬の足袋」、大型観光キャンペーン「京の冬の旅」対象の特別公開1ヶ所を拝観できる入場整理券といった特典も付いている。

 京都の冬の旅におすすめしたいのが、現地プランの「石庭特別イベント」(事前申込制)。いずれも普段は体験できないレアなイベントで、リピーターにもおすすめだ。トレンド探検隊はいち早くイベントを体験、その魅力を2回に分けて紹介する。(※掲載の画像は取材のため特別に許可を得て撮影しており、一般は撮影禁止となっている場所もあるので注意)

「重森先生と大徳寺の石庭めぐり」

 昭和を代表する作庭家・重森三玲の孫であり、重森庭園設計研究室の代表として、作庭とともに庭園の魅力を発信する活動をしている、重森千靑(しげもりちさを)さんの案内で庭園を鑑賞する。拝観料、講師代、呈茶代、ガイディングレシーバー付きで税込5000円。2020年2月9日(日)、22日(土)、3月1日(日)、15日(日)実施。

 取材の日はあいにくの小雨模様だったが講師の重森先生いわく、「明るく晴れた日よりも曇りや、今日のような小雨の方が実は庭園日和。晴れた日のようにくっきりと影ができず、庭が水打ちされた状態になるので非常に美しい」。

〇大徳寺 龍源院

 大徳寺の中でも特に古い塔頭寺院(本寺の境内にある小院)のひとつ。文亀2年(1502)に能登の畠山、周防の大内、豊後の大友の三氏で創建。創建当初の建物である方丈・唐門・表門は重要文化財。

 方丈の周囲には、いずれも昭和時代に作庭された、白砂の中心に楕円形の苔島を配した「一枝坦(いっしだん)」、「滹沱庭(こだてい)」、4坪の壺庭「東滴壺(とうてきこ)」があり、北には相阿弥の作庭と伝わる苔庭に三尊石組を配した「龍吟庭」(室町時代)の枯山水庭園がある。

「方丈の室中にある床は500年前当時のものではないかとされ、500年前、300年前、現代のものが相まって500年前の形状を保っている。古いものと新しいものが今でも息づいている文化を感じていただきたい。鎌倉時代に作られた行心作『釈迦如来坐像』(1250年)も見どころ。お顔が小さく、座を組んでいる面も薄い。これはお釈迦様も我々と同じく悩みを持っていた人であり、その中で悟りを開いた“人間としての釈迦”として造られているため」(住職 東 文洋氏)

「滹沱庭(こだてい)」

「庫裏の書院南軒先にある石庭。左右に出っ張りのある石と穴の開いた石が配置されていることから、別名『阿吽の庭』と呼ばれる。左右の石は聚楽第で使われていた基礎石ではないかと言われ、古い建物の基礎石、灯篭で使われていた石造品は古いものほど茶人の間では珍重される。

戦前、祖父の三玲と一緒に全国の実測調査をした鍋島岳生さんが、昭和30年初頭に大徳寺の庭を実測しており、その時の図面を見ると阿吽の庭が描かれている。その時点で既にこの庭園はあったと思われ、作られた年代は定かではないが現代庭園であることは間違いない。当時の出入りの業者や住職たちが協力して作ったものではないか。

 間口は広いが奥行がなく、広く見せる努力をしているのがよくわかる。檜、椿はすべて土塀寄りに置いているし、砂の中にあるのは埋め込まれた飛び石しかない。建物から近い方はまっ平らな空間にし、奥に背の高いものを追いやることで、広く見せている。

 作庭家の我々から見ると、現代の厳しい住宅事情の中で庭を作る際に、非常に参考になる庭造り。構成要素をできるだけ絞った寡黙な庭園だが、禅寺らしくそこから訴えかけているものを感じる」(重森先生)

「一枝坦(いっしだん)」

「方丈前石庭は、未来永劫に渡って繁栄できるようにという蓬莱神仙思想をテーマに作られている。土塀沿いにある一番大きな石が蓬莱山を表している。人間がおいそれとは近付けない絶壁のような風情として造り、左右にある二石は長生きの象徴である鶴と亀を表現した『鶴亀蓬莱形式』。

 鶴(下記画像右側)は鶴首として一石、羽石として一石置いている。鶴首石をどちらに見るかで、羽ばたいているように見えたり、羽を折り畳んで休んでいるように見えたりと、動と静をたった二石で表現している。

 通常の亀石は一目で亀だとわかる造りになっているが、この庭の亀(下記画像左側)ほどわかりにくい亀石はない。敢えてわかりにくい表現をしたのは、修行を極めると亀に見えるような、禅問答を前提として造ったからではないかと推察している。祖父もよく枯山水の庭園は抽象的だという言い方をしていたが、禅問答というのがキーワードだと思う」(重森先生)

「東滴壺(とうてきこ)」

「方丈と庫裏の間の狭い造られた壺庭。壺庭には植物、苔を植えたりもするが、赤松の“透かし”(葉を落として薄く透けているように仕上げる京都特有の剪定。京の猛烈な暑さ対策として、見た目もすずしく風の通りも良くなる)と同じく、植物があるとそこを通る空気が冷やされて床下や部屋の中を抜けていくので、暑い京都の地に合わせた温度調節ができる重要な空間でもある。ただし、ここは方丈と庫裏の屋根が接近して日陰になっているので植物が育ちにくく、昭和35年に石庭として造り直された。

 設計したのは(前述の)鍋島さんで、当時の若手造園家の中で最も日本の庭園を見てきた人であり、北側にある室町時代の庭園に負けない空間にしようと考えたと思う。禅寺ゆえ華美な庭は許されず、東滴壺こそ鍋島さんの出した答えではないかと。

 たった五石のみだが遠近法や流れで奥行を生み出している。三石は一番背の高い石とそれを支える石、地にのめり込むような伏せ石で構成。三石は力の方向性を計算して据えられていて、各々に役目が与えられている。離れた場所にある二石は低い石で構成され、抑えるように据えられている」(重森先生)

「龍吟庭(りょうぎんてい)」

「室町時代の庭園が残っているのは京都では大仙院と龍源院だけ。建物と庭園が同時期に造られたという点でも貴重な庭園。室町時代特有の三尊石組の枯山水庭園で、中央にある須弥山は見る場所によって変化していくので移動しながら見て欲しい。

 須弥山からさらに石を置く構成で、山の連なりを表現している。世界の中心にある須弥山の高さは16万由旬ともいわれ、計算したところ地球から月に行く距離よりもさらに高い(笑)。他の山はどんなに高くても須弥山より低くなるのは当然で、突出した大きさの須弥山表現として、とても上手いと思う。

 須弥山と周りに八つの山、苔むしているところが八海で『九山八海』を表現。須弥山を表す石は斜めに傾けて据えることが多い。斜めに据えながら上部はほぼまっすぐになっている。須弥山の頂上には帝釈天があると言われているが、頂上が台状で平らになっているのは須弥山の世界観とマッチしていて非常によくできている。

 遠近法を使い、建物に対して並行ではなく斜めに石を置き、斜線状のラインもあり不等辺三角形になるような配置構成で、奥行があるように感じさせる。同じような配置構成が名庭で知られる龍安寺の石庭。龍安寺もあまり広い庭ではないが、とても広く見えるのは遠近法を使っているため。狭いながらもいかにダイナミックに造るかという創意が、よく現れている庭園ではないかと思う」(重森先生)

〇大徳寺 瑞峯院

 天文4年(1535年)に、キリシタン大名として知られる大友宗麟が大友家の菩提寺として建立。創建当時から残る客殿と表門、唐門は国の重要文化財に指定されている。方丈周りにある「独坐庭」と「閑眠庭」はどちらも昭和36年に重森三玲が開祖400年遠忌を記念して作庭。「閑眠庭」は縦4個、横3個の石が配され、石組みが十字になっていることから「十字架の庭」とも呼ばれている。

 イベントでは鑑賞するのに最高のポイントと重森先生が太鼓判を押す、通常非公開の"檀那の間”から特別に「独坐庭」を見ることができる。

「応仁の乱で焼けた後、大友宗麟公が22歳の時に得度を受けて宗麟と名を改め、瑞峯院殿瑞峯宗麟居士という院号が与えられ、その院号が寺の名前になった。室町時代の建物は檜皮葺の屋根で軽いため、柱は細くなっている。かかっている額は当時の御奈良天皇の直筆。

 宗麟公は、西洋文化への理解を示しキリスト教の保護を行った。48歳の時には宣教師のフランシスコ・ザビエルの洗礼を受け、キリシタン大名としても知られている。『閑眠庭』は石の流れを十字架に組み、万民の霊を弔っている。茶室の『安勝軒』は大徳寺内唯一の逆勝手席がある。

『独坐庭』は中国の禅僧である百丈禅師の“独坐大雄峰”という禅語から命名された。蓬莱山の半島が荒海にもまれながらも雄々と独座している姿を表している。また、独坐庭は“一人座る庭”と書く。ここでは一人で座っている気持ちになり、腰を伸ばしてすっと酸素を吸ってほしい。腰という字はにくづきに要と書く。肉体の要を正し、自然の恵みを吸うと血の流れが良くなり、心が穏やかに豊かになる。姿勢整えば呼吸整う。呼吸整えば心整う。心整えば顔が整う。ぜひきれいなお顔になってお帰りになっていただきたい」(住職 前田 昌道氏)

「独坐庭」

「三玲はデザインに溺れるのではなく、庭を作るときに必ずテーマを決めている。テーマに沿って設計をして、今まで日本になかったような要素を盛り込んでいる。独坐庭は“独坐大雄峰”をテーマにして、孤高の山である蓬莱山を石で表現した。

 龍吟庭と同じ室町時代の構成手法を用いて、伝統的な枯山水の様式を踏襲しながら、新しいデザイン手法も取り入れている。それがまっすぐつなげていく直線状の石の構成。三玲が造った東福寺の本坊庭園(昭和14年)や、大阪岸和田城の八陣の庭(昭和28年)でも用いた、石をつなげて長い一石に見せる手法で、このような配置は古い庭園にはない方法だが、2つの作庭の経験から瑞峯院にも取り入れた。

 まっすぐなラインを置いたことで流れが力強くなっている。伝統は決しておろそかにしない人だったが、伝統だけのがちがちの庭づくりでは面白くないという、伝統と新しさをうまく融合させた三玲の庭園がよくわかるのが独坐庭だ。

 一番大きい石は厚みが5㎝ほどの薄い石。玄関側から見ると1本の細い線にしか見えないが縁側を上がり移動していくとだんだん石の表情が見えてくる。三玲に影響を与えた、薄い石だけで作られた、徳島の阿波国分寺庭園の手法を用いている」(重森先生)

「閑眠庭」

「七石を使って、キリシタン大名だった大友宗麟公にちなみ十字架を表した庭園。縦と横の石の配置だが、手前に大きく質量感のある石を置いた遠近法を用いている。少ない石の構成でどれだけ面白い効果を出すかということを考えた“超省エネ”庭園でもある。建物に対して斜線状に石を据えて、さらに交差する斜線で石を配置する、室町時代の構成要素も取り入れている」(重森先生)

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