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人見知りを直すために謎の勉強会「ひとみしりセミナー」に参加してみた

2019.07.18

朝井麻由美のひとみしり道場~コミュ障を直すための修行~ 【連載第4回】

《前回までのあらすじ》

ひとみしりを直すために、ひとりでゴールデン街へ飲みに行ったり、初対面の人とのバーベキューイベントに参加してきた。とにかく実践で学ぶ荒療治に挑んできたが、今回は手法を変え、座学へ。“ひとみしりセミナー”なるものに行ってきた。


 何かを学ぶにはその道のプロに師事するのが一番だ。ひとみしりを克服する術をプロに教われる機会を求めて、「ひとみしりセミナー」と検索ボックスに入力してみることにした。そんなものが存在するかどうかは知らない。けれど、何らかの知識を極めた人は、たいていセミナーや講演会をするものなのだ。ところが、出てくるのは「話し方講座」や「アガリ症を克服! 緊張しないための極意」などばかり。そういうテクニックの話ではなく、私はもっと根本からひとみしりを直したいのである。

 探しに探してようやく見つけた「ひとみしりセミナー」。参加申請をしたものの、開催まではまだ1か月以上もある。予約時のメールに書いてあった整理番号は1。まだ私のほかに申し込んでいる人はひとりもいないのだろう。こんなに早い時期から張り切って申し込んでしまって、なんだかめちゃくちゃ楽しみにしている人みたいだ。念のため言っておくと、まったくもって楽しみにはしていない。何しろ、セミナーの告知ページから受けた第一印象は「正直ちょっと怪しい」だった。このセミナーの講師のTwitterアカウントを突き止めたところ、70人くらいしかいないフォロワーに向けて、「幸せとは」「自信とは」「あなたの価値とは」「ありがとうと言おう」といった言葉をせっせと投稿していたのだ。ツイートへのリアクションはほぼないが、ごくまれに「3いいね」くらいついている。「幸せ」や「ありがとう」はもちろん大事なことだ。大事なことだが、そればかりをツイートされると少々怖い。けれど、「ひとみしりセミナー」と銘打たれたセミナーはほかに見当たらないのである。背に腹は代えられない。

 ある土曜日の朝、私は町田にある小さな貸会議室を訪ねた。長机の上にはひとみしりセミナーで使うのであろう4つ分の資料が用意されていた。開始時間ギリギリに到着したのに、ほかにはまだ誰も来ていない。講師の先生のほうをちらりと見ると、おもむろに「皆さんちょっと遅れているみたいで」と言う。こんなことあるのだろうか。そもそも、申し込んだセミナーが思っていた以上にこじんまりとしていたことにすでに驚いているというのに、4人中、3人が遅刻。遅刻率75%。いい大人がけしからん。3分ほど待っていると、先生が教室の外へ出ていった。遅刻者に電話でもするのだろう。すると、1分もせずに戻ってくる先生。

 おかしい。早すぎる。曰く「ほかの皆さん、欠席みたいで」。

 そんなわけがあるか! 私は心の中でズッコけた。今、遅刻者3人に電話した? してないよね? 明らかに電話してきたフリだけして戻ってきたよね!? まず何より、どう考えても3人と電話してきたほどの時間はたっていない。100歩譲ってこの短時間で電話できたとしても、ほかにもおかしな点がある。その建物の構造上、部屋の前にあるのは四畳半程度の踊り場のようなスペースだけなのだ。踊り場の先には階段しかない。階段を上り下りしたような足音は聞こえてこなかった。ならば先生はずっと踊り場にいたはずである。電話をしている声が聞こえないはずがなかろう。つまりだ。このセミナーを申し込んでいたのはおそらく最初から私ひとりだけだったのだ。見栄を張るために、資料が4人分置かれていたとしか思えない。だいたいにして、このセミナーは事前に参加費を振り込む必要があった。お金を払った上で、当日に3人もドタキャンが出るなんてことがあろうか! あまりの胡散臭さに、私はすっかり探偵と化していた。始まる前から不信感マックスである。

 かくして、小さな貸会議室で1対1で行なう、謎のセミナーが始まった。

 テキストを開くと、本日行なうのはどうやら大きく分けて2つ。「印象のワーク」と「会話(質問)のワーク」のようだ。まずは会話において「口角を上げる」・「目を合わせる」・「背筋を伸ばす」ことの大事さを説かれる。これを意識しながら私が自己紹介をするところを、先生がスマホで動画撮影し、できていないポイントを探っていく。とにかく形から明るい印象にしていきましょう、というわけだ。人は誰しも明るい印象の人には話しかけやすく、それはひとみしりを克服する第一歩である、と。

 粛々と喋り、その姿を撮られる。私は日々、「本当に楽しい時にしか笑わない」をモットーに生きているのだ。自分の中から湧き出るソウルが大事なのである。ソウルに従って笑う人生でありたい。そんなモットーもむなしく、私は今、謎の部屋で謎の先生に向かって口角を上げて目を合わせるという謎の行動を取っている。マンツーマンになってしまったせいで、サボるわけにもいくまい。

先生「それでは、撮った動画を見てみましょう。自分を客観的に見て、できていないポイントはどこでしょう?」

 ……これは一体なんなのだろうか。できているかできていないかで言えば、何ひとつできていない。でも、冷静に考えてみてほしい。休日の午前中、小さな貸会議室でよくわからない先生に向かってただひとり自己紹介をしているわけだ。しかも、動画を撮られている。これで口角を上げてハキハキと喋れたら、それはもう人ではない何かだ。人間としての様々なものを失ってしまっている。私はまだもう少し、人として生きていたい。そのために口角は下げたまま死守しておきたい。断固としてだ。

 心を無にして動画を見た後、私はそれをすぐさま消去した。「死んだ目で抑揚の一切ないトーンでなぜか自己紹介をしている自分の動画」なんて人生で最も不必要なもののひとつに数えていい。こんな動画をうっかりどこかに送信してしまった日には、人として死ぬ。社会的に死ぬ。動画の中の私はあまりにカクカクとした動きをしていて、それこそ人ではなかった。どちらかというと、ロボットだ。心までカクカクとできたらどんなによかっただろうか。見た目はロボでも心はまだ人なのである。

 すると先生は、少しの講義をしたのち、「それではこれを踏まえて、先ほどの動画をもう一度見てみましょう」と言い放った。

!?!?!?!?!?!?!?

 何を言っているのか。動画ならついさっき、私はあなたの目の前で消去したではないか。ドウガ、ケシタ、オマエ、ミタ。あまりの衝撃に、いよいよ人じゃなくなりそうだ。もちろん、削除した動画を再び見るのは理論上は可能だ。最近のスマホは一度削除してもしばらくはデータが残っていて、すぐに復活できるようになっている。けれど、私は動画を消した。先生に断りなく、目の前で消した。動画をもう二度と見たくなかったからだ。動画よ、私の前からお消えなさい、お行きなさい、あるべき姿に戻るのです、心の中でそうささやいて、消した。

 なのに、だ。オマエ、ドウガ、モウイチド、ミロ、イウ。それは果たして人の所業なのだろうか。一度は消した動画を粛々とフォルダに戻し、再び鑑賞する。先生はすでに、人ではない何かなのかもしれない。

 こんな血も涙もないことをするくせに、この先生ときたら見た目は結構ほのぼのとした感じなのが余計に困惑を生む。目が小さく面長のフォルムながら、どこか愛嬌のある造形。この顔の作画の感じは、『ちびまる子ちゃん」に出てきそうだ。もっというと、柳沢慎吾に結構似ている。ちびまる子ちゃん風柳沢慎吾の目の前で自らのカクカクした動画を撮って観ることになるとは、つくづく人生わからない。

 どうでもいいことに思いを馳せていたら、いつのまにか柳沢慎吾(似の先生)は次のワークに進んでいた。会話のワークでは、会話の入口として「天気の話をしましょう」と教えられた。誰もが分かる共通の話題として、天気の話は緊張せずに済むのだと柳沢慎吾(似の先生)はいう。何を隠そう私は、初対面の相手との「天気の話題」を最も苦手としている。相手が天気の話を繰り出してくると、「来たな」と身構えてしまうのだ。「今日は暑いですね」の後に続く、適切な受け答えがいつも思い浮かばないのである。せいぜい「そうですね」が関の山。会話即終了ではないだろうか。そこから話を広げる術を私は持ち合わせていない。「今日は暑いですね」「そうですね」「……。」「………。」「……。」という「間」が経験上ほぼ確実にできる。初対面の相手にまずは天気の話をしておけばいいという言説は一体誰が決めたのか。会話を簡単に始められたからといって、続かなければまったく意味がないではないか。

 ワークの出来は散々だったわけだが、柳沢先生(仮名)は最後に有意義なことを教えてくれた。セミナーに来る生徒には、人を前にすると緊張のあまり何もできなくなるようなひとみしりが多いらしい。そうでないのであれば、ひとみしりレベルの一段階目は乗り越えているのだと。二段階目は何かというと、相手に興味を持つことだそうだ。実際に興味の濃淡はあれど「興味を持とうと努力」したり、あるいは「興味を持つふり」をしたりするのもひとつの手だ、と。

 だからか。だから私は初対面相手のコミュニケーションがへたくそなのだと合点がいった。ひとみしりじゃない人とはつまり、自分を調理して相手に合った味付けを見せるのが上手いのだろう。時にちょっとした嘘も交えながら。私は絶望的に自分に嘘をつけない。楽しくもないのに笑い、興味もないのに天気の話をできず、ありのままの私を、素材の味を感じてほしい、と調理をせずに自分を丸ごと人に差し出しているのだ。それはもう土から掘りたてホヤホヤ、皮も剥かずに皿に置く。素材の味に合わないものは仕方がない、興味がないものはない、と早々にシャッターを閉めるようなところがある。嘘をつくこと、建前で人に接する自分のことが、こっけいでたまらない。こっけいなことを避けようとして、初対面の人に対して無愛想になっている。この自意識、どうしてくれよう。いい大人が、けしからん。

(プロフィール)
朝井麻由美
あさい・まゆみ
ライター・編集者・コラムニスト。東京都出身、国際基督教大学卒業。コラムニスト・泉麻人のひとり娘。
トレンドからサブカルチャー、女子カルチャーに強く、体当たり取材を得意とする。
『DIME』『SPA!』『ダ・ヴィンチ』『サイゾー』など、雑誌やWebで執筆。
『二軒目どうする?』(テレビ東京系)準レギュラー出演中。
著書に『ソロ活女子のススメ』、『「ぼっち」の歩き方』、『ひとりっ子の頭ん中』など。
https://twitter.com/moyomoyomoyo
https://www.facebook.com/moyomoyomoyo.asai

イラスト/曽根 愛

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