
朝井麻由美のひとみしり道場 ~コミュ障を直すための修行~ 【連載第2回】
本来は明らかな欠点であるはずなのに、どこか“キャラ”として許されると思ってしまいがちなひとみしり。このままひとみしりとして歳を重ね、気難しい婆さんになっていいのだろうか。ひとみしりを克服すべく、各地へ修行をしに行くことにした。
ひとりで飲み歩くのが好きだ。だけど、ゴールデン街、お前だけはダメだ。
「ひとり飲み」には大きく分けて二つの種類があり、その二つが交わることは決してない。ひとつは「飲み屋での出会いや店員さんとの会話を楽しみたい」。もうひとつは、「ひとりの世界に入り込みたい」。私は後者のタイプだ。誰とも喋りたくないから、ひとりで飲みに行っているのである。そこに出会いもコミュニケーションも求めていない。
そのため、「ひとりで飲みに行くのが好きなんです」というセリフには注意が必要だ。志を同じくするひとり好きかと思いきや、その場での出会いや会話を楽しみたいという、真逆の嗜好性を持っている可能性がある。
ゴールデン街はひとり飲みの名所である。けれど、そこに集まる面々の多くは、その日その場で出会った人との会話を楽しみに来ているのではないかと思う。それゆえ、私はゴールデン街をずっと敬遠していた。狭い店に入ったら最後、居合わせた見知らぬ人と強制的に他愛のない会話をしなければならない場所、それがゴールデン街のイメージである。恐すぎる。たまたま同じ時間に同じ店にいたというだけで、何の共通項もない人と一体何の話をすればいいというのか。天気の話? それ、楽しい?
けれど、ひとみしりを克服しようとしている今こそ、ゴールデン街に足を運ぶ時なのではないだろうか。そう思い立っては何週間も、何らかの理由をつけては行かない、を繰り返していた。今日は寝不足だから……、今日はお腹の調子が……、明日早いから……。ああ、ゴールデン街が恐い。
散々ぐずぐずしたのち、ある日曜日に重い腰を上げた。日曜日は週末と比べて人が少なそうだ、というこの期に及んでの小さな抵抗である。そもそも、行こうと決めたのは自分のはずなのに、私は一体誰と戦っているのか。
ゴールデン街に着いてまず入ったのは、『ばるぼら屋』。ここは牛スジカレーがおいしいらしい。ひとみしりを克服できそうかどうかは二の次に、カレーがおいしいというだけの理由でこの店を選んだ。さっそく目的を忘れかけている。右側には中年男性二人組、左側にはアラサーの女性四人組。しばらく様子をうかがっていると、どうもこの店はやみくもにほかのお客さんに話しかけるような雰囲気でもないらしい。今、たまたまそういう客が多いのか、はたまたこの店がそういう店なのかはわからない。カレーを食べている間に女性四人組が店を出て、若い男性二人組が入ってきた。こちらもやはり、自分たちの会話に夢中で、思っていたゴールデン街のイメージとはまったく違っていた。カレーがおいしいだけで、ひとみしりは克服できそうにない。これでは何をしに来たのかわからない。
嫌だけど、ちゃんと客同士のコミュニケーションが発生しそうな店を狙って入ろう。……嫌だけど。
目の前の通りをまっすぐ歩いていたら、なんと「人見知り専門店・人見知り克服養成所」という看板の出ている店を発見した。偶然にもほどがある。扉には「人見知りの人見知りによる人見知りのための人見知り克服養成所」と掲示されており、看板の下には「人見知りがすべき十の事 ~人見知り強制克服術」が書かれている。過剰なまでのひとみしりブランディングである。
ちなみに「人見知りがすべき十の事 ~人見知り強制克服術」の内容はこちら(原文ママ)。
其の一 勇気出して初対面の人に注文を頼んでもらえ!
其の二 酒が来たら迷わず初対面と乾杯しろ!
其の三 会話の糸口は、たわいもない質問から!
其の四 相手の話への相槌は過剰に打て!
其の五 相手の良い所をみつけ過剰に褒める!
其の六 相手の話を否定するな!
其の七 自慢話ではなく自虐話で可愛がられろ!
其の八 つまらなくても高らかに笑え!
其の九 自虐話でもポジティヴに話せ!
それができたらそもそもひとみしりにはなっていないのでは……と言いたくなる内容が目立つ。克服術をしげしげ眺めていたら、店の中からお兄さんが客引きしに来た。この人、店の店員でもなんでもなく、なんとお客さんらしい。ははぁ、なるほど、店に通ううちに克服できたクチだな、と思いきや、「俺、ひとみしりじゃないんだけどこの店の常連なんですよ、ハハハ」などと陽気に言っている。のっけから“養成所感”がまるでない。
店の中には、このお兄さんと、50代くらいのおじさん、そして女性の店員さん、そして私の四人。話を聞いていると、客引きお兄さんのみならず、この場にいる誰一人としてひとみしりではないという。だったらなんでキミたちはこの店を選んで入って来たんだよ! 養成所は? 養成所生は? ともに切磋琢磨するクラスメイトは? いないの?
会話は客引きをしていた陽気なお兄さんを中心に回る。普段は都内のレストランでコックをしているらしい。50代のおじさんのほうは海上自衛隊。ちょっと枝野幸男に似ている。コックがノンストップで喋り続け、自衛隊がときどき相槌を打つ。自衛隊おじさんは私の存在を気にして「大丈夫?」、「どこから来たの?」、「今日は何軒目?」、「普段は何をしているの?」などと折に触れて話しかけてくる。ありがたいような、ありがたくないような、複雑な気持ちである。
ここで私はひとつ気づくことになる。「今日は何軒目?」という質問については、近くの店でカレーを食べてきた、と流暢に話せるのに、「どこから来たの?」、「普段は何をしているの?」に対してはまごまごとするばかりだった。
私はおそらく、自分のことについて聞かれるのを極端に警戒しているのではないだろうか。そなたは拙者の情報をなにゆえ集めるのだ、という謎の武士心が私の中にある。“さっき飲んできた店について”などその日の行動のみに集約されることならば答えられても、普段の自分のプロフィールに紐づく話をするのは、どうも躊躇するようだ。
職業が「ライター」というのも輪をかけてややこしい。世間からすると比較的わけのわからない職業であるゆえに、何を書いているのか、なぜライターになったのか、と延々と掘り下げられがちなのだ。ずっと私のターンになってしまうのが嫌なのである。「しがない勤め人です」とでも言っておけばいいものを、そのような器用さも持ち合わせていない。だからといって、天気の話をし続けて無為な時間を過ごしたいとも思っていない。薄っぺらすぎず、踏み込み過ぎずの、「ちょうどいい話題」が手持ちに少なすぎるのである。
一方で、コックのお兄さんが他人にほとんど興味を持たずに自分の話だけをし続けるタイプだったのはおおいに助けとなった。コックが喋っている間は、こちらにボールが回ってこないで済む。
振り返ってみれば、「人見知り克服養成所」に居合わせた客二人は、養成所の講師と捉えると絶妙な二人だったように思う。疎外感を抱かせないように自衛隊のおじさんが適度に話しかけ、うまく答えられずに沈黙したところをコックのお兄さんがすかさず自分の話に持っていく。二人のチームワークで疎外感と気まずさをうまいことかき消していた。
何か聞かれたときのために、偽りのプロフィールを作り込んでおくのはひとつの手かもしれない。どうせほとんどの場合、その場限りの関係なのだ。どこまでうまく騙しにいけるかというゲームとして捉えれば、きっと幾分かやりやすくなる。
(プロフィール)
朝井麻由美
あさい・まゆみ
ライター・編集者・コラムニスト。東京都出身、国際基督教大学卒業。コラムニスト・泉麻人のひとり娘。
トレンドからサブカルチャー、女子カルチャーに強く、体当たり取材を得意とする。
『DIME』『SPA!』『ダ・ヴィンチ』『サイゾー』など、雑誌やWebで執筆。
『二軒目どうする?』(テレビ東京系)準レギュラー出演中。
著書に『ソロ活女子のススメ』、『「ぼっち」の歩き方』、『ひとりっ子の頭ん中』など。
https://twitter.com/moyomoyomoyo
https://www.facebook.com/moyomoyomoyo.asai
イラスト/曽根 愛