かみあわせの不調和は365日24時間人間を責め続ける
丸橋 本来、病気は人間の心と体、全体に影響します。例えば眼が近視になれば猫背になって肩がこる、肩がこったら気持ちも落ち込む、といった状況は容易に想像できますよね。しかし病院は「精神科」「外科」「歯科」とわかれていて、患者さんがなぜ苦しんでいるのか、原因にたどり着けない場合があるのです。
例えば「不定愁訴(ふていしゅうそ)」と呼ばれる症状があります。患者さんが「イライラする」「頭が重い」「疲労感が取れない」「眠れない」と訴えるものの、原因が見つからない状況です。そんな場合……私の所見では歯が原因のことが多いですね。姿勢がゆがみ、ずっと筋肉が痛み、血管も圧迫される状況では、苛立ったり、頭が重く感じるのは当然でしょう。冷え性や視力の低下に結びついている場合もあります。歯のゆがみは、365日、24時間その人を苦しめるのです。また脊柱が曲がった状態「脊柱側彎」になることもあります。かみあわせが悪いと、人は体が倒れないよう無意識のうちに頸椎、胸椎、腰椎、足などを曲げて防御姿勢をとります。この防御姿勢が脊柱側弯そのものなのです。また、私の所見ではかみあわせはうつ病などの精神疾患とも密接な繋がりがあります。全身の不調が精神的にも悪影響を及ぼすのです。実際に当院では、かみあわせを調整したらうつや不安障害や不眠から回復した例が多く見られます。
余談ですが、私が理事長をつとめる病院が「丸橋歯科」でなく「丸橋全人歯科」というのは、歯が全人的な影響を及ぼすからです。
夏目 五輪の選手の片足だけが数ミリ伸びたとして、好成績が残せるはずがありませんよね。
丸橋 歯のミクロン単位のズレが、数ミリ~数センチもの首の曲り、肩の傾きとなって現れるのです。驚かれる方も多いと思いますが、私たちは多くの臨床例を持っています。例えば、かみあわせの調整により「よく眠れるようになった」という患者さん、非常に多いんです。当然でしょう、下あごがずっと強制的に不自然な位置に偏位させられていたら苦しいですよね。この緊張感が、人を覚醒させる「交感神経」優位の状態をつくり出し、眠れなかったのです。現場でも、かみあわせを調整した数分後に不眠だったはずの方がぐっすり眠っていた例がたくさんあります。「ずっと苦しまれてきたのだ」と涙が出そうになりますよ。また、例えばマウスピースをつかって下あごの位置を補正したら、1ヵ月後、白血球中の免疫細胞バランスが改善した方もいます。姿勢が正しくなり、ストレスから解放されたのでしょう。
夏目 なるほど。
丸橋 ようするに、人間の体は神経、ホルモン、骨格、循環器など様々な器官が絶妙な協調関係を持って動いていて、ある部分だけ切り取って「健康」とか「ここが悪い」とは言えないのです。だから私は言いたい。まず、医療は全人的なものだと知ってほしい、そして、体に不調があったら歯を疑ってみてほしいのです。
かたいものを食べると頭がよくなる!?
丸橋全人歯科では、歯のかみあわせの調整を1回上限1万円で行っている。よほど歯並びが悪い方、あごの形に問題がある方以外は、1~2回で調整は終わる。健康保険が適用されないことを考えると良心的な価格と言っていいだろう。また、丸橋先生は40年近く定期的に「良い歯の会」を開催し、歯に関する啓蒙活動を無償で継続している。問題意識が彼を突き動かしているのだろう。
夏目 丸橋先生は、歯と食べ物の関係についても各所で講演されていますね。最後に、そのあたりも詳しくお教えください。
丸橋 実は現代日本人の歯は危機的な状況にあるんです。私は人々の歯と体の状態を調べるため、余暇を使ってモンゴルやブータンやケニヤなど様々な国を訪ね、現地の方の歯を診てきました。すると不思議なことに、先進国になるほど歯のかみあわせが悪い割合が高かったのです。また、昔の日本人の骨格も調査すると、近代になるほど歯のかみあわせが悪くなっています。
夏目 なぜですか?
丸橋 答えは「食べ物がやわらかい」からです。歯科矯正が可能であることからもわかる通り、歯は少しずつ動きます。そして人間には凄い力があって――食べ物を強い力で幾度もかむ習慣があると、上あごと下あごの力で歯が動き、かみあわせがよくなってくるのです。
なお、子どものうちはとくに、食べ物をよくむうち自然とかみあわせが合ってきます。しかしやわらかい食事が多いと、顎骨の発育が妨げられて顎が小さくなり、歯が並びきらずに「乱杭歯」になってかみあわせが狂います。
夏目 子どもは特に気をつけてあげたい、ということですね。
丸橋 はい。ところが、文明は食品をやわらかく加工するのです。例えばモンゴルの肉はかんでも食いちぎれないほど堅かったのですが、日本の肉は、ハム、ハンバーグなどに加工され、肉そのものも品種改良されて柔らかい霜降りが好まれています。きっと、人間がそれを好むのでしょう。しかし食べ物がやわらかくなることにより、現代日本人の咀嚼回数は確実に減っています。弥生時代に比べ約6分の1、戦前に比べても半分以下、今も、何度もかまなければ食べられない食品は、若い世代から敬遠されています。堅いおせんべい、漬物、小魚……。また昔の人の骨格を調べると、上流階級であるほどかみあわせがよくない。これはやわらかい食事に慣れたことが原因でしょう。
夏目 とすると、対応策は?
丸橋 単純に、よくかんで食べることです。食事の中に玄米、生野菜、海藻、小魚のようなよくかんで食べるものを加えるのもよいでしょう。子どもにチューインガムを使って咀嚼訓練を施したら咬合力が高まり、今まで見向きもしなかった食べ物に興味を示した例が多数報告されています。また不思議なことに、よくかんで食べる必要があるものは、一般的に“体にいい”ものが多いんです。
夏目 ダイエットにもなりますよね。
丸橋 やわらかいエサで育てたネズミと、かたいエサで育てたネズミを比較した実験の結果は興味深いですよ。おなかをすかせた状態で両方のネズミを迷路に入れ、ゴールに食べ物を置きます。そしてネズミに何度も同じ迷路を体験させると――かたいエサで育ったネズミは、やわらかいエサで育ったネズミよりも袋小路に迷い込む回数が少なく、早くゴールに辿り着くんです。
夏目 頭がいい、ということですね。
丸橋 私はこのままでは、日本人の歯、いえ、世界の文明国の歯が危ないと思っています。そして、この事実はまだほとんど世に伝わっていません。どうか、これを読んでくださった皆さんだけでも“歯を鍛える”食生活を実践してほしいと切に願います。
丸橋賢(まるはし・まさる)/1944年、群馬県生まれ、1971年に東北大学歯学部を卒業し、1974年、群馬県高崎市で丸橋歯科クリニック」開業。1981年に「良い歯の会」の活動を開始し、2004年に丸橋全人歯科を開業。おもな著書は「体調不良は歯で治る!」「生きる力―“いのちの柱”を取り戻せ」など。
取材・文/夏目幸明
(なつめ・ゆきあき)/1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店に入社。その後、経済ジャーナリストになり、各媒体で連載。著書は「掟破りの成功法則――破天荒創業者のマジ語り」(PHP研究所)など多数。