父親と母親の役割の違い
前提を踏まえたところで、父親役割と母親役割を考えると、両者は相対的なものだという。
●母親の役割
「母親役割において最も重要なことは、子どものそれぞれの発達に対応した信頼感の基礎をつくることにあります。生まれたばかりの赤ちゃんは、誰かに依存しなければ生きていけません。お腹が空いたと泣けばおっぱいをもらえ、おしっこをして気持ち悪くて泣けば、おむつを替えてもらえる。このような応答的行為の繰り返しが、人間への信頼感や社会への信頼感を醸成していくのです。
イギリスの精神医学者であるジョン・ボウルビィが言うように、母親は子どもにとって『安全基地』でなければなりません。いうなれば受容的存在という役割が母親といえます」
●父親の役割
・父親役割は人間が発明したもの
「実は、父親役割を明確に定義することはむずかしいのです。なぜなら母親は、生物学的に妊娠、出産といった母体からの連続性のうちに子育てがあることから、親役割を受け容れやすいのですが、父親は、子どもの出産に関与しているとはいえ、その関わりは生物学的には希薄であるためです。
生物一般において、オスの親は一生子どもと一緒にいるわけではないですし、オスの親がメスの親を養う義務はありません。父親役割は、人間がヒトとして社会生活を送るうえで発明したものなのです」
・乳児期では精神的、経済的に支える役割
「乳児期においては、母子関係が適切であれば、父親役割は、文化的なものに留まります。この時期の赤ちゃんにとって母親父親の区別はなく、ケアしてくれる人が存在するだけです。未分化な母子関係が徐々に他者との関係となってくるとき、はじめて父親役割が問われます。そうであればこの時期の父親役割は、母子一体化した存在を精神的、経済的に支えることにあるとみることができます。
もちろん、社会やそれぞれの家族の変化によってニーズが異なることからも父親の役割の定義はむずかしいといえます」
・3歳頃はリーダーシップを持ち、庇護する存在に
「およそ3歳頃が、父親が権威ある存在として映る段階です。この時期から、父親は自律に向けて乗りこえるべき存在という役割を果たすことが求められます。ここでいう権威とは、むき出しの権力ではなく、承認、尊敬の対象であるということ。集団を維持、統率するリーダーシップを持つ存在や、庇護する存在としての父親です。
精神分析家のS.フロイトによれば、子どもにとって父親は、自分を卓越し抑圧する存在であると共に、自分を庇護し可愛がってくれる存在でもあります。そうした父親への恐れから母親との愛着関係を克服し、依存から自律への第一歩を踏み出す。同時に、そのような父親を自分自身に内面化し、超自我を形成し、自己をコントロールできるようになります」
「こうして、子どもは青年期になると権威に反抗し、それを乗り越えることで成熟した人間へと成長していきます。逆説的ではありますが、権威がなければ権威からの解放もありません。父親の役割は、子どもの発達段階によって変化していくものです。したがって父親の役割とは、乳幼児期において、母親が兼務していたものが、父親役割として分化され専門化したものといえるのです」