それにしても不思議なのは、明治時代のみならず、それ以降であっても、紙幣の肖像画に、天皇そのものが選ばれたことがないこと。アメリカ、ロシア、ドイツなど、世界の主要国の紙幣や銀行券には、国王や大統領などの国家元首が、これまで肖像画として採用されることが多かったにも関わらず、だ。
「明治天皇でなくとも、歴代の天皇、たとえば、平安京に遷都した桓武天皇とか、建武の新政を進めた後醍醐天皇とか、歴史のなかで政治的な役割を果たした天皇を選定してもよさそうなものですが、それもなかったのです。」
それは一体なぜなのか? 三上さんは著書『天皇はなぜ紙幣に描かれないのか: 教科書が教えてくれない日本史の謎30』のなかで、意外な仮説を明かしている。
「それは、貨幣のもつある特性が、大きく関わっているのではないかということです。つまり、“穢れ”という特性です。貨幣は、人の手から人の手へと渡っていく過程で穢れたものになっていくというのが、宿命です。穢れはまた、伝染するものとも考えられていました。つまり貨幣を通じて、穢れが伝染していくと考えられていたのです。一方で天皇は穢れを遠ざけるべき存在と考えられていました。紙幣に天皇を描くことは、天皇と穢れを結びつけることになるため、これにはかなりの精神的抵抗が存在したと考えられるのです」
平成最後の今、日本の歴史を、身の回りにある素朴な疑問から、じっくりと振り返ってみるのもいいかもしれない。
『天皇はなぜ紙幣に描かれないのか: 教科書が教えてくれない日本史の謎30』(小学館・1512円)では、「手塚治虫はなぜ、騎馬民族が日本を征服するシーンを描いたのか?」「『源義経=チンギス・ハン』説はどのように生まれたのか?」「電話もインターネットもない江戸時代に、なぜ同じ落書きが全国に広がったのか?」「歴史に残る災害記録の数々は、現代に生きる私たちに何を物語っているのか?」など、教科書が教えてくれなかった、歴史の謎の数々を解明している。
取材・文/前川亜紀