犯人ではない人を犯人と思ってしまう場合のリスク
しかし、このアクションのときに注意しなければならないことがあると、巽さんは言う。
「ここで想定しなければならないのは、あなたが、犯人ではない人を犯人だと思ってしまう場合のリスクです。先ほどは、犯人が自分の手で被害者のお尻を触っているところが鮮明に見ることができた場合を想定しました。このような場合は、犯人が誰かを間違えることはないかもしれません。しかし、痴漢行為が行われている電車内は、ほとんどの場合、大変混雑していて、ぎゅうぎゅう詰めになっていることも多いですから、第三者が実際に痴漢行為をしている手元まで明確に見ることができない場合が多いといえます。ですから、実際に痴漢行為をしていない人を犯人だと間違えてしまう危険性は大いにあるのです」
もし犯人だと見誤ってしまった場合、どんなことが起きるのか。
「もし痴漢行為をしていない人を犯人だと思い込んで手を掴んだ上に、『痴漢行為はやめなさい』と声をかけてしまうと、冤罪事件を生むことになってしまいます。また実際には痴漢行為をしていない人を犯人呼ばわりしてしまうと、あなたの行為について、名誉毀損罪(刑法230条1項)が成立し、刑事罰を受ける可能性や、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求がなされる可能性もないとは言い切れません」
実際、思い込みということはよくあることだという。
「痴漢行為をしている犯人を間違うことなんてあるの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、思い込みというのは案外、日常的に起こることだと日頃、裁判をしていて実感します。また、これから痴漢行為をしようと思って体を動かす等、怪しい動きは見せていたものの、まだ行為には及んでいない状況もあり得ます。実際に痴漢行為をしていないのであれば、犯罪は成立せず、犯人とは言えません。このような場合に『痴漢行為はやめなさい』と声をかけてしまうと、先と同じようなリスクが出てきます」
犯人ではなかった場合を想定したアクションの取り方
巽さんによると、このようなリスクを避けつつも、被害者と思われる人を助けるためのアクション方法があるという。
「私は、まず被害者と思われる人に『大丈夫ですか』『どうかしましたか』と声をかけることを勧めます。この対応であれば、実際に痴漢行為が行われている場合、それを止めることができると思います。またこのような声掛け後に、さらに痴漢行為をする犯人はほとんどいないでしょう。またこれであれば、痴漢行為が行われていなかった場合でも、名誉毀損罪等が成立することはありません。この被害者への声掛けは、実際に痴漢行為をしようとする人がいた場合にも、それを抑止する効果があるともいえます」
電車内で痴漢行為らしき怪しい動きを見たら、まずは被害者へ一声かける。これが得策といえそうだ。
【取材協力】
巽周平さん
ベリーベスト法律事務所 弁護士、(第二東京弁護士会所属)、刑事事件チームマネージャー、B型肝炎チームマネージャー
特に注力している分野は一般民事、離婚、その他家事事件、刑事(裁判員裁判含む。)、相続、B型肝炎、債務整理、債権回収。クライアントへの丁寧でわかりやすい説明ならびに誠実な対応に定評がある。
ベリーベスト法律事務所
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取材・文/石原亜香利