■ソフトウエアが優れている
別の機会に、同じコーナーをパラメーターを変えながら試してみたけれども、PDKはそれに応じて2速でコーナーを脱出する時もあれば、1速まで落とすこともあった。やはり、PDKが判断している。その賢さに驚かされた。
MTで自分でクラッチペダルを踏んで、シフトレバーを手で動かしていたら、短い時間内にとてもそんな微妙な違いを反映させることなどできないだろう。PDKのようなツインクラッチタイプのATの採用は他のメーカーでも増えてきている。人間よりも賢く適切な変速ができるから、キビキビと走る上に燃費が良いというのだから、コスト増以外に採用しない理由がなくなる。
ただ、構造的には同種のものだけれども、ポルシェのPDKが図抜けているのは、優れたレーシングドライバーのような状況判断と素早い作動が実現されているからだ。それを可能にしているのは、ギアやシャフトなどの機械部分が優れているのではなくて“いつ、どの段に変速するか”という変速の判断を司っている車載コンピュータユニット内のソフトウエアがもっぱら優れているからだ。
そのソフトウエアを書くのには膨大なテストデータが必要で、それを獲得するためにポルシェの開発陣はあらゆる状況を想定したテストを繰り返している。ポルシェをポルシェたらしめているのは強力なエンジンパワーであったり、強靭なボディやサスペンションであったりすることは間違いない。
しかし、その一方で、最新のポルシェはそれだけに止まらず、ATを制御するソフトウエアも優れているのだ。カタチがなく目に見えないソフトウエアというものがパフォーマンスを決しているのが現代のポルシェであり、また、現代のスポーツカーというものなのだ。優れたスポーツカーは性能だけでなく知性まで備えている。
文/金子浩久(かねこ・ひろひさ)
モータリングライター。1961年東京生まれ。新車試乗にモーターショー、クルマ紀行にと地球狭しと駆け巡っている。取材モットーは“説明よりも解釈を”。最新刊に『ユーラシア横断1万5000キロ』。