新発明とは、残酷なものでもある。
我々現代人が文具のひとつとして使っているカッターナイフは、岡田良男という人物が板チョコからインスピレーションを得て発明した製品だ。戦後すぐに進駐軍の兵士が子供たちに板チョコを配っているシーンをふと思い出し、それを刃物に当てはめたという。
ブレードを消耗品として使うカッターナイフは、極めて利便性が高い。しかしその裏で、肥後守という折り畳みナイフが生活の場面から姿を消してしまった。かつての少年たちは、この肥後守で鉛筆を削ったり竹トンボを作っていたが、そうした光景もなくなった。
ところがこの肥後守は、海外のコレクターの間で高い人気を誇っている。
世界で人気の肥後守
去年、クラウドファンディング『Kickstarter』にこんな製品が登場した。折り畳みナイフ『iQ』である。
これは日本の肥後守を参考に設計されたものだ。Kickstarterでは見事資金を調達し、現在は自社サイトで製品を販売している。シンプルな設計、ブレード収納部のデザインは肥後守の影響がかなり大きいと分かる。
海外のナイフマニアは、肥後守を「Higo」と呼称する。そもそもの部品点数が少ないから故障する要素が殆どなく、ブレードも耐久性に優れている。先日筆者はフランス製ナイフのオピネルに関する記事を執筆したが、コレクターの間では肥後守はオピネルと並ぶ大きな存在と言える。
以下、オピネルと比較した場合の肥後守の特徴を記載する。
1:多層構造のブレード
肥後守のバリエーションは1種類ではなく、サイズやブレードの素材毎にその種類はいくつも存在する。
最もポピュラーなのは、ブレードに「青紙割込」と刻印されているものだろう。青紙とは日立金属の製品で、クロームとタングステンが混ざった合金鋼である。これを積層材質として使用するのだ。
だが、かといって肥後守は高級品では決してない。今回筆者が改めて買い求めたものは、2000円もしなかった。中サイズのオピネルと同程度の価格である。ちなみにオピネルのブレードは、基本的にはカーボンかステンレスの単一素材だ。
2:金属製のハンドル
肥後守のハンドルは金属製である。これもまた多種類の用意があるが、青紙割込ブレード+真鍮製ハンドルのものが一番よく知られている。
折り畳みナイフだから、ハンドルにはブレードを収納する機能も与えられている。金属製ハンドルの利点は、水分を吸って膨張することがないという点だ。実はこのあたりはオピネルの欠点でもある。
木製ハンドルのオピネルは、湿度によって膨張してしまいブレードの出し入れに難が出る。中にはペンチでも使わないとブレードを出せないようなものもあるくらいだ。その問題を解消するために、一度オピネルを分解してハンドルを乾性油に漬ける人もいる。
しかし肥後守なら、そうした問題に悩まされる心配は一切ない。
3:ロック機構の省略
オピネルには出したブレードを固定する簡単なロック機構があるが、肥後守にはそれがない。
代わりに「チキリ」と呼ばれる、ブレード後部に伸びた突起を親指で固定する工夫が施されている。強いて言えば、これが肥後守のロック機構なのだ。チキリの無骨な作りが、またいい味を出している。
ともかく、ややこしいロック機構がないから全体の部品点数も少なくて済む。ということは、故障もあまりしないということだ。