日本を代表するプロダクトデザイナー、深澤直人さん。その名は決して表に出ないが、「無印良品」のものづくりにおいて彼の果たす役割は大きい。開発時のフローチャートとともに深澤さんの関わり方とこだわりを紹介しよう。
◎ブレない世界観を支えるアドバイザリーボード
無印良品を運営する良品計画、その最前線において重要な役割を持つのが「アドバイザリーボード」の存在だ。これは、それぞれが専門分野を持つクリエイターで構成される外部のブレーン組織。毎月1回、ボードメンバーと金井政明会長以下、幹部や若手リーダー格社員30名ほどが集まり、今後の方向性や課題についてボードメンバーにアドバイスや意見を仰いだり、各人がテーマを持ち寄り、議論を交わすという。このミーティングに参加する生活雑貨部の大伴崇博さんは、
「ボードメンバーの皆さんからは、将来を見据えた上での提案も多く、常に並走し、一緒に無印良品を考えていただいている感じですね。このシステムは当社独自のものですが、これにより創業当初にうちたてられた『無印良品』のあるべき姿、方向性がブレずに今も守られているのだと思います」と話す。
そのボードメンバーの一員で、家電・生活雑貨全般のディレクション、さらには製品のデザイナーとしても活躍するのが、プロダクトデザイナーの深澤直人さんだ。
◎〝家電〟の概念にとらわれず無印流を貫く
深澤さんとは、『壁掛式CDプレーヤー』や『電気冷蔵庫』など、無印良品を象徴する家電のデザインを手がけた人物。アドバイザリーボードには2002年に参画し、現在は前述のアドバイザリーミーティングに加え、週1回本部に出向き、商品の細かいチェックやアドバイスを行なうなど、商品開発に深く関わっている。2014年のキッチン家電リニューアルでも中心的役割を担った。
「これまで家電メーカーさんに無印仕様の家電を委託することが多かったのですが、海外工場の技術が上がり、我々が一から企画したものを直接発注することも可能になってきた。当然コストも抑えられるので、チャンスだなと。特に無印良品は単機能でシンプルなものを、という考えですから、家電だけが特別なわけではなく、鍋や釜と同じように、道具や生活雑貨の領域にあるものと思えばいいわけです」(深澤さん)
しかも、それを自社の店舗でその世界観を提案しながら展開できるのもメリット。〝生活になじむキッチン家電〟として反響も上々で、その後も話題となる家電を続々と登場させている。
「必需品としての家電が揃い、さらに今年発売した『豆から挽けるコーヒーメーカー』で新たな家電のカタチを提案できたかなと。このコーヒーメーカーは単にうわべだけをシンプルにするのではなく、豆の挽き方にまでこだわった製品ですが、こうした商品開発をゼロから本格的にやれるようになったのは、それだけ力がついてきたのでしょう」(深澤さん)
◎〝もの〟が醸し出す全体の雰囲気と調和を大切に
しかし、家電業界の技術競争は激しい。無印良品は、それとどう向き合っているのか?
「大手家電メーカーさんは、常に新しいテクノロジーを求めて四苦八苦していますが、我々はあまり関係ない。新たな技術が世間に定着したところで、じゃあMUJIの作り方ならこうだよね、とブラッシュアップを行なったり、バルミューダさんとの協業のように、良いものは共有したりしています。根底にある思想は、ユーザーを満足させることにあるわけで、最新技術に振り回される必要はない。そこがMUJIらしさだと思っています」(深澤さん)
その〝らしさ〟は、デザインにも注ぎ込まれているという。
「無印良品のデザインというと、単純にシンプルにすればいいと考えられがちですが、それだけでは魅力的にならない。ユーモアやフレンドリーさ、愛らしさが感じられるデザインであるべきなのです。〝もの〟単体ではなく、〝もの〟が醸し出す全体の雰囲気と空間の調和が大切なのですから」(深澤さん)
それを証明するように深澤さんは、〝壁と身体〟そのどちらに近い家電か否かで、デザインを分けているという。
「例えば冷蔵庫。最近、なぜか湾曲したデザインのモデルが多いのですが、そもそも壁に密着させて使うもの。そこで〝四角〟のデザインにし、まるで壁のように存在感をなくしました。一方、トースターのような食卓で手に触れて使う〝身体に近い家電〟は、人が最も好むといわれる〝丸みを帯びた四角〟のデザインにしています」
なにか1つの〝もの〟が主張するのではなく、無印良品の目指す〝感じ良いくらし〟の中にさりげなく存在する。それが、無印良品らしい家電のカタチ。だからこそ多くの人の共感を呼ぶのだろう。
プロダクトデザイナー
深澤直人さん
1956年山梨県生まれ。多摩美術大学美術学部プロダクトデザイン学科卒業。現在は同大学教授のほか、日本民芸館館長も務める。