■東京は15区から始まった
現在、東京は「東京都」という区分で、その中に「23区」があり、23区以外は○○市、○○村などの呼び方で分けている。しかし、「23区」になったのは昭和22年(1947)のこと。原型となったのは、なんと140年前、明治11年(1878年)の「郡区町村編制法」による「15区」である。
ちなみに「東京都」になったのは昭和18年(1943)のことで、それまでは、江戸から東京に改称した慶応4年(1868)からの80年余り、「東京府」と呼ばれていたのだ。当時なら「小池都知事」ならぬ、「小池府知事」だったわけである。
東京15区の話に戻ろう。15区は麹町区、神田区、日本橋区、京橋区、芝区などから成り立ち、近郊には荏原郡、南足立郡など6郡があった。この15区6郡を合わせると、ほぼ、現在の23区にあたる地域になるという。
15区の呼び順は麹町区を筆頭に、のを描く順番で呼ぶのが定例だったという。こちらは東京都台東区による資料。台東区は下谷区と浅草区が合併して誕生した
15区が成立した明治11年から11年後の明治22年(1889)に、郡区町村編制法に代わり「市制」「町村制」が始まった。これにより、15区の区域を「東京市」とすることになった。たとえば、神田区の場合、東京都東京市神田区という地名になったのだ。ややこしいけど。
明治27年(1894)に完成した東京府庁舎。明治31年(1898)に開庁した東京市役所も建物内に設置された。後、昭和18年に東京都庁舎になり、現在は「東京国際フォーラム」となっている
そして、昭和7年(1932)に周辺5郡(6郡から合併で5郡に減っていた)を合わせて「35区」になり、昭和18年には東京府と東京市を廃止、「東京都」が設置された。ここで、神田区は東京都神田区になったというわけだ。
第二次世界大戦が終わり、空襲の爪痕が色濃かった東京も、ようやく戦後復興が本格化し始めた昭和22年3月、35区は「22区」に整理統合された。同年8月に練馬区が板橋区から別れたことで、ついに現在の「23区」が誕生したのだ。
その時、旧15区の地名は23区へ、残念ながら引き継がれることがなかった。ずいぶんと長い説明になってしまったが、これが、ミステリー解明の核心なのである。