いかに有益か、いかに効率的かということばかり追いかけてしまいがちな現代だが、筆者はムダと思われるようなことこそ、往々にして人生を充実させるものだということを知っている。15万点以上もの作品を残しながら1点も公表することなく人生を終えた写真家ヴィヴィアン・マイヤーのように、何のためでもないことに生涯をかけて熱中できるとしたら、それはとても価値のあることだ。
というわけで、我が人生を充実させるべく、ムダを極めた男に会いに行った。
日本が誇る怪力の持ち主「握力王」こと新沼大樹氏である。
人生がどうのこうのと書いたが、まぁ完全に怪力マニアである筆者の趣味で握力強化のコツを聞いてきた。どうかお付き合いいただきたい。
■成長のカギは「集中」と「持続」
キャプテンオブクラッシュグリッパー(以下COC)というトレーニング機器がある。
アメリカで生まれたこの握力強化グリッパーが、握力マニアの間では強さの指針となっている。
COCは強度の違いによって種類があり、最上位モデルのNo.4(166kg!)を閉じられた人間は世界でも数人しかいない。そのNo.4を閉じた証拠を持つ唯一の日本人が新沼氏だ。
—握力を鍛えようと思ったきっかけは?
高校生くらいのときからトレーニングは好きで、指で懸垂、指で腕立て伏せとか毎日やってましたね。移動は基本、ジョグでしたし。大学生のときはバーベルを使うようになってボディビルトレーニングに励んでいました。ただ、大学院生のときに腰を痛めて、そのときは握力くらいしか鍛えられなくて…。そこでCOCに出会いました。そこからですかね、本格的な握力トレーニングは。(新沼氏)
—トレーニングの内容は?
とにかくグリッパーを握る。No.2(88kg)から始めたのですが、最初は閉じられませんでした。でも「閉じられるだろ」と思ってひたすら握ってたら2週間ぐらいで閉じられましたね。No.3(127kg)からは結構キツいんですが、これもケガで1か月ほど握力トレーニングを休んだら、再開後にすぐ閉じられました。(新沼氏)
—握力トレで大事な点は?
決意です。
「このグリッパーを絶対に閉じる!」という信念を持って握りこむことです。最大筋力というのは神経系が重要で、その人にとって生半可では閉じられない強度のグリッパーを一発ガツンと閉じるというトレーニングが神経系を育てます。筋肉を育てるという観点では7〜8回程度を繰り返すことが限界の負荷で数セットというのが正解とされていて、それはそれで必要なトレーニングではありますが、握力に限らず最大筋力を上げたいなら、1〜2回というような少ない回数が限界の負荷で、それこそ死ぬ気で挑むということが大事だと思います。一瞬意識が飛んで視界が白くなるまで気合いを入れて握るってことです。(新沼氏)
ただ、他のNo.4(166kg)を閉じた人の話なんか聞くと人それぞれ色々な方法論があって、基本はあるものの本当に効果的なトレーニングは「これだ」というのは言い切れない。僕が思うに、何より大事なのは時間かなと。握力を強くするために費やした時間、試行錯誤して頑張ったその時間こそが成長につながるように思います。ベンチプレスの世界なんかでも「10年挙げて分かる」みたいな言葉がありますが、コツコツと積み上げることが大事なんです。(新沼氏)
意識を失うトレーニングとはもはや想像もつかない世界だ。やはり何事においても世界のトップクラスにいる人間というのは並外れている。だが、新沼氏は何も握力で生計をたてているわけではない。IT系の会社を創業した取締役であり、握力はあくまで趣味である。それなのに気絶するほど追い込めるというのは、新沼氏にとって「握力」はそれだけ「楽しい」のであろう。