■南極ならではの困難
しかし、全隊員が同一回線をシェアするため、速度低下に配慮して隊員はネット電話は基本利用禁止だ。また、回線も常に安定しているとは限らない。インテルサットのCバンドを利用し、6GHzまで周波数を上げて通信しているのだが、特殊な環境の影響か、機器が安定した電波を作れないことがあるという。また、基地内には静電気が発生しやすく、強風で建物自体が帯電することもあるため、精密機器にとって良好な環境とはいえない。
そのため、通信が2日間に渡り滞ることもあったという。衛星通信設備が収まる「インテルシェルター」とレドームは、研究・観測への影響を避けるため、基地から500mほど離れた場所に設置されている。そのメンテナンスのためにブリザードで視界がほぼゼロになる中でも、外出が可能な状況であれば、決死の思いで修理に向かうことも度々あったという。
また、通信の故障では、日本へ連絡が取れなくなることも多く、修理をたったひとりで行わなければならない事態に追い込まれることもあったという。
なんといっても、通信がつながらなくなることが、濱田さんにとっては辛いことだったという。寒さや肉体労働のキツさではなく、研究が滞ったり、隊員が家族と連絡を取れなくなること、それが精神的にきつかったというのだ。
■もう一度南極へ行きたいですか?
南極へ14か月滞在し、日本の極地研究の一翼を担った濱田さんに、最後に伺ってみた。もう一度南極へ行きたいですか? と。
濱田さんは「行きたい」と即答された。それは、回線が復旧し、衛星電話がふたたび利用できるようになった時、仲間の隊員がみな感謝してくれたからだという。日本での仕事では気づかなかった、電話がつながることのありがたみ、喜びがたまらなかったのだ。
濱田さんは再び南極へ行くためには自身のスペックアップが必要だという。故障を未然に防ぐスキル、そしてよりよい通信回線の建設方法を学び、もっと隊員の役に立ちたいのだ。
人類は今、月を、そして火星を目指している。未開の海底資源開発なども進むだろう。過酷な環境でも耐えるネットワークの構築は、ますます重要なことになるだろう。
技術が進歩した今、電話回線や通信回線がつながることは当たり前に感じてしまう。しかし、まだまだ極地での回線確保は困難が伴うのだ。南極にしっかりと電話が通じること。それは未来へと続く大事な一歩なのだろう。
文/中馬幹弘(ちゅうま・みきひろ)
アメリカンカルチャー誌編集長、アパレルプレスを歴任。徳間書店にてモノ情報誌の編集を長年手掛けた。スマートフォンを黎明期より追い続けてきたため、最新の携帯電話事情に詳しい。ほかにもデジタル製品、クルマ、ファッション、ファイナンスなどの最新情報にも通じる。
※記事内のデータ等については取材時のものです。