■昭和基地での生活とは?
昭和基地に滞在する隊員は、全部で60名前後。そのうち翌年の2月まで滞在する越冬隊員は30名前後だ。大きく、観測部門と設営部門にわかれていて、濱田さんが所属したのは設営部門だった。
設営部門とは、調理、医療、通信、建築など生活に必要なあらゆることを運営・管理する部門である。
冬の屋外では気温がマイナス40℃を下回ることもあるが、夏場は5℃くらいに上昇し、基地内は暖房が効いており常時10℃くらい。暑くなると30℃に迫ることもあり、Tシャツで過ごす隊員もいるほどだという。
濱田さんは持ちこんだ荷物の多くを衣服にあてたのだが、基地では貸与と支給の服があり、また、気温が低いので服が匂わない。そのため、今思えば着替えの枚数はあまり必要なかったという。
11月下旬から、夜でも太陽が沈まない「白夜」となるため、昭和基地は大変忙しくなる。建設部隊も参加しているが、それだけでは人手が足りない。設営部門のスタッフは日常業務とは別に土木作業などにも従事。朝から夜更け(白夜なので明るいけれど)働き続けることも多々あったという。
南極というと雪上車をイメージする人も多いかと思うが、その雪上車は常に5〜6台がスタンバイする。