クロノグラフを使いたい場合、上の窓に“CHR”の表示が出るまで、そのようにしてリューズを回し続ける。出たら、下の窓には00’00”00と表示され準備完了。リューズを押して計測開始。もう一度押して計測停止。さらに押せば、停止したところから計測再開。そして長押しすればリセットされる。機械式腕時計にあるようなリューズの上下の専用ボタンがなくても、クロノグラフが使用できるのだ。
アラームやタイマーなども同じようにリューズひとつで設定と操作が可能だ。ロジックがシンプルで説得力があるので忘れることがないので、とても使いやすい。本当に良く考えられている。間違った操作をしても、予期せぬ動きをすることもないので、安心して多機能をあれこれ試してみたくなる。使えば憶えるという好循環も生まれる。
だから『エアロスペース』をずっと使っている。特に、海外出張時にはとても重宝している。離陸時にクロノグラフをスタートさせておけば、途中で眠って目が覚めた時でも残りの飛行時間がわかるし、現地時刻を時針と分針で表しながらも下の窓に日本時間を示すことができるから時差のある国で便利だ。
先々月、『エアロスペース』のバッテリーを交換した。3年10か月振りの2回目だ。1回目は4年4か月保った。他のバッテリー式腕時計と較べて抜群に長持ちしている。驚かされるのは、正確さだ。時刻の修正を一度も行ったことがない。もちろん、電波時計と睨めっこすれば秒単位での狂いはある。でも、分単位ではなかった。自分でリューズを回して分針を進めたり遅らせたりしたことがなかったことは、遅れや進みとして人間(僕)が認識する範疇を越えていないということを意味している。
クルマに話を移してみれば、多機能化と操作性の両立についてはBMWが早くから積極的に取り組んできていて、「iDrive」を進化させ続けている。時計の場合は機能は限られているが、最近のクルマの場合は安全装備やインターネットとの接続によって、機能が増え続けていっている。
日本製の高級車に少なくないのは、増えた機能ごとに正直にスイッチやボタンを割り振ってしまっている例だ。ダッシュボードやステアリング、コンソールなどドライバーの周りが小さなボタンやスイッチだらけになってしまっている。何かの操作を行おうとする場合に、スイッチ類を探さなければならないのは使いにくいし、安全ではない。「iDrive」に代表される機能を集約させ、階層構造にして整理するデバイスならば迷うことはないし、自分が使いやすいように設定し直すこともできる。
クルマと腕時計では機能や使われ方が違うのでそのまま比較することはできないが、腕時計の中にも使いやすいものと使いにくいものが混在している。多機能化と操作性の両立に関してヒントを与えてくれるひとつの優れた例として『エアロスペース』を挙げたい。機械や道具の多機能化と操作性の両立は永遠のテーマだ。
文/金子浩久
モータリングライター。1961年東京生まれ。新車試乗にモーターショー、クルマ紀行にと地球狭しと駆け巡っている。取材モットーは“説明よりも解釈を”。最新刊に『ユーラシア横断1万5000キロ』。
■連載/金子浩久のEクルマ、Aクルマ