パートの時給を上げれば最大600万円。社員が育休を取れば、条件次第で141万円。定年を延ばすことで140万円。いずれも国が用意する助成金だが、「うちみたいな小さな会社には関係ない」と申請しない企業が実に多いという。なぜ届かないのか。中小企業の労務管理と助成金申請を支援する社会保険労務士の藤井貴子氏に聞いた。
賃上げで「最大600万円」が返ってくる助成金
藤井氏はまず、毎年の最低賃金の引き上げに頭を抱える経営者の話から始めた。パートやアルバイトを多く抱える企業にとって、人件費の増加は切実な問題だ。ところが、賃上げを設備投資の好機と捉える企業もあるという。
「製造業の会社さんでよく使われているのが『業務改善助成金』です。パートさんの時給を引き上げるタイミングに合わせて、新しい機械を導入する。条件によって設備投資費用の4分の3以上が助成され、最大600万円まで対象になる場合があります」
事業場内の最低賃金を50円以上引き上げ、生産性向上につながる設備投資を行った中小企業が対象だ。申請は工場や支店など、事業場ごとに行う。
例えば、パート10人の食品工場で時給を90円引き上げ、同時に800万円の包装機械を導入したとする。この場合、助成額は上限の600万円に達する計算だ。自社負担は200万円で済み、賃上げ分の人件費増を差し引いても手元に資金が残る可能性がある(※)。
※最大600万円には、特例事業者に該当することなど詳細の要件あり
ただし、順番を間違えると対象外になる。申請は賃上げの前に行い、設備の購入は交付決定の後でなければならない。
「もう機械を買ってしまってから相談に来られる方もいるんですが、そうなると対象にできないこともあるんです」
賃上げと設備投資を別々に考えていた企業は、年間スケジュールを見直すだけで話が変わってくる。
「家族経営だから」「社員1人だから」は思い込みだった
助成金は大企業のためのもの、というイメージも根強い。しかし藤井氏が支援してきた中には、家族で切り盛りする老舗の和菓子屋や小さな小売店も含まれる。
「家族経営の会社さんに助成金をご案内すると、『うちでも使えるんですか?』と驚かれることが多いですね。とくに育児や介護に関する制度は、知られていないと感じます」
活用できる制度のひとつが「両立支援等助成金」だ。
「’26年度は、従業員の介護休業の取得と職場復帰を支援した中小企業に40万円。育児休業なら、取得時と職場復帰時にそれぞれ30万円が支給されます。さらに、育休中の代替人材を新たに雇えば、雇用期間に応じて9万~81万円が加わります」
仮に従業員5人の和菓子店で1人が育休を取ったとしよう。取得時に30万円、復帰時に30万円。代替のパートを1年以上雇えば81万円が加わり、合計は最大141万円になる。人数の少ない職場こそ、誰かが抜けたときの痛手は大きい。制度を知っておくだけで、打てる手が変わるのだ。
社員が1人でも、検討の余地はある。
「『従業員が1人しかいないから無理』とおっしゃる社長さんにお伝えしたいのは、パートさんや契約社員でも検討できる、ということ。規模が小さいからと最初から諦めないでほしいですね」
社員を育てたくても研修費が重い、と感じる会社にも道がある。「人材開発支援助成金」には、新規事業などに必要な技能を学ぶ研修に、費用の75%と受講1時間当たり1000円の賃金助成が出るコースがある(※)。
※助成率・助成額は中小企業向けの基準。大企業は経費助成60%、賃金助成1時間500円。中小企業の定義は業種で異なり、製造業は資本金3億円以下または従業員300人以下。詳細は厚生労働省の公式サイトを参照
「研修費用の75%が助成される制度は他にもあります。経費助成には上限がありますが、例えば40万円の研修なら、会社の負担は10万円で済む計算です。同じ研修を全額自社で払っている会社とは、大きな差になりますよね」
賃金助成はコースによって、金額は異なりますが、1時間1,000円が付く場合は、50時間の研修なら賃金助成5万円も加わり、実質負担は5万円まで下がる。
なお、親族なら誰でも対象になるわけではない。雇用保険に加入しているか、法律上の「労働者」に当たるかの確認が要る。業務委託の外注スタッフや、経営者本人も対象から外れる。
定年を5年延ばすことで140万円
60歳以上のベテランに長く働いてもらいたい。そう考えて就業規則を変えた企業が、申請を忘れて損をするケースもある。
「創業年数が長くて、60歳以上の従業員さんが多い技術職の会社では、定年を引き上げる助成金がよく使われます。もともと延ばすつもりだった会社さんにとっては、制度を知っているかどうかだけの差です」
金額も小さくない。
「『65歳超雇用推進助成金』では、対象となる被保険者が10人以上いる会社が定年を65歳から70歳に引き上げると、’26年度は140万円が支給されます。もちろん、就業規則を変えれば自動的にもらえるわけではなく、対象人数など所定の要件を満たす必要があります。それでも、もともと引き上げを検討していた会社なら、事前に確認するだけで申請の余地が生まれるんです」
組み合わせれば1人の採用で160万円超。だが「もらうこと」をゴールにしない
育休中の代替人材を契約社員として採用し、研修を受けさせ、正社員に登用する。この一連の流れにも、複数の助成金を組み込める場合がある。
「代替人材の採用、入社後の研修、正社員化。それぞれの段階で対象となる助成金を検討できます。採用や育成の年間予定に合わせて、制度を組み込んでいくのがコツです」
正社員化には「キャリアアップ助成金」があり、中小企業なら1人当たり40万円、対象者の条件次第で80万円が支給される。代替要員を1年雇ってから正社員化すれば、先述の81万円と合わせて、1人の採用で160万円超が支給される計算だ。
ただし、組み合わせれば必ず受給額が増えるわけではない。同じ経費や取り組みへの重複受給は制限される。そもそも制度を知らない会社も多く、大学の調査では中小企業の3割が業務改善助成金を「制度を知らないので利用したことがない」と答えている(日本大学経済学部産業経営研究所、’24年)。
それでも藤井氏が一貫して強調するのは、助成金をもらうこと自体をゴールにしないという考え方だ。
「まず、会社をどう成長させたいのか、どんな人材を育てたいのかを決める。その目標に向けて、使える助成金を組み込んでいくのが一番いいと思います」
助成金は、もらうために探すものではない。やると決めた投資に、後から付いてくるものだ。来期の採用や設備投資の予定を1つ、申請の時期と並べてみてはいかがだろうか。
<プロフ>

藤井貴子氏
特定社会保険労務士。ノエル社会保険労務士事務所代表、株式会社ノエル・コンサルサポート(東京・名古屋)代表取締役。労働局・労働基準監督署での勤務を経て2014年に開業し、助成金申請を延べ2000件以上手がける。YouTubeチャンネル「わがまま社労士の人財革命チャンネル」の登録者数は11万人超。著書に『漫画と図解でわかる 会社をグンと成長させる方法 その悩み、助成金が解決してくれます!』(KADOKAWA)
取材・文/桜井カズキ
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