少し前ならwebで検索して自分で調べていたことも、今では生成AIに聞く人も増えている。こうした変化によって、私たちの「モノの買い方」はどう変わるのか。そして企業は、AI時代の生活者とどう向き合えばいいのか。
国内電通グループの4社(電通、電通デジタル、電通総研、電通マクロミルインサイト)は、今年9月、AI時代における新たな購買行動モデルとして「AIJES」(アイジェス)を提唱した。AI時代において生活者の購買行動は何が違うのか。そして、企業のマーケティングはどう変わるのか。電通の担当者に「AIJES」のポイントを聞いた。
「わからないことは生成AIに聞いて」5歳児にも広がるAIネイティブな感覚
生成AIは、すでに一部の人が仕事で使うだけの特別なツールではなくなりつつある。特にこれから消費の中心になっていく若い世代では、「わからないことがあればAIに聞く」という行動が、ごく自然なものになっていく可能性がある。
その変化を、電通のシニア・マーケティング・ディレクターの武藤隆史さんは自身の5歳の子どもとのやり取りからも感じているという。

「私にも5歳の子どもがいるんですが、わからないことがあると親に聞くじゃないですか。以前なら私が答えていたんですけど、最近は子どものほうから『それはAIに聞いて』と言うようになったんですよ」
たとえば「船は浮かぶのに、同じ鉄でできた潜水艦はなぜ沈むの?」といった疑問もAIに聞いてほしいと言ってくるという。「わからないことはAIに聞く」という感覚は若い世代にとっては当たり前になりつつあり、こうした変化はすでに「買い物」行動にも表れている。
電通の調査では、購入検討時に生成AIを利用した経験がある人は、すでに約3割に達しているという。
「何かモノを買うとき、購入検討に生成AIを使ったことがある人はだいたい3割です。まだ使ったことがない人が約7割いるんですが、その中にも『今後使いたい』という人がいます。合わせると、今使っている、もしくは今後使いたいという人は50%を少し超えるくらいになります」
担当者は、この割合が今後2~3年でさらに高まっていくとみている。特に注目したいのが商品を知ってから購入を決めるまでの「時間」だ。
「実際にAIを使って購入を検討している人は、検討にかかる時間がすごく短くなっています。いろいろなWebサイトを見たり、SNSを見たりする行動が完全になくなるわけではありませんが、少なくなっていく。AIとの問答が始まってしまうと、そこである程度候補が決まってしまうんです。だから、その前に企業は情報を蓄積しておくことがすごく重要になります」
AIDMA、AISASの次へ。AI時代の購買行動「AIJES」とは?
こうした購買行動の変化を捉えるために国内電通グループ4社が提唱したのが、AI時代の新たな購買行動モデル「AIJES」(アイジェス)だ。
マーケティングの世界では、消費者が商品を知ってから購入するまでのプロセスを表すモデルとして、古くから「AIDMA(アイドマ)」が知られてきた。Attention(注意・認知)、Interest(関心)、Desire(欲求)、Memory(記憶)、Action(行動)の頭文字を取ったもので、広告などで商品を知り、興味を持ち、欲しいと思い、記憶したうえで購入するという流れを表している。
その後、インターネットが普及すると、電通はWeb時代の購買行動モデルとして「AISAS(アイサス)」を提唱した。こちらはAttention(注意)、Interest(関心)、Search(検索)、Action(行動)、Share(共有)の頭文字を取ったもの。商品に興味を持った生活者が、自らネットで「検索」し、購入後にはSNSなどで「共有」するという行動を取り入れたのが特徴だ。
「AISASでは、広告などで商品を知って、興味を持つ。そこで検索して、買って、最後に共有するという流れを想定していました。でもAI時代になると、そこが少し変わるんじゃないかということで考えたのがAIJESです」

AIJESは、Archive(蓄積)、Interaction(問答)、Judgment(判断)、Engagement(参加)、Score(評価)という5つのフェーズで購買行動を捉えるモデルだ。
簡単にいえば、人とAIに商品情報が「蓄積」され、AIとの「問答」を経て、人が「判断」し、購入や継続利用などの「参加」へ進み、最後に商品やサービスが「評価」される。そして、その評価が再び人やAIに蓄積され、次の購買行動につながっていくという考え方だ。
AI時代に最も重要になるのは「A=Archive」
では、AIJESの5つのフェーズの中で、企業はどこに注目すべきなのか。武藤さんが特に重要だと指摘するのが、最初の「A=Archive(蓄積)」だ。なぜ「蓄積」が重要になるのか。その背景には、生成AIを使うことで、商品を検討し始めてから候補を絞り込むまでの時間が大幅に短くなることがある。
「単純にAIに情報が蓄積されるから、というだけではありません。たとえばミニバンが欲しくなってAIに聞くと、おすすめのランキングが出てきますよね。でも、それ以前に広告などで見て『あのミニバン、かっこよかったな』という記憶があれば、ランキングに入っていなくても『そういえば、あのミニバンはどうなの?』と聞く可能性があります」

つまり、AIが最初に提示した候補から外れてしまっても、人間の頭の中にその商品が残っていれば、「あの商品はどう?」とAIに改めて尋ねてもらえる可能性がある。
「だから事前に、人とAIのそれぞれに情報を蓄積しておくことがより重要になると考えます」
AI時代には、商品が欲しくなった人にアプローチするだけでは遅い。ニーズが顕在化する前から、いかに情報を蓄積しておけるかが重要になるというわけだ。
AI時代は「欲しくなる前」に人とAIの両方へ情報を蓄積する
では、AI時代のマーケティングでは、具体的にどのような「蓄積」が必要になるのか。ポイントは、情報を蓄積する相手が人だけではなく、AIにも広がることだ。
これまで企業のマーケティングは、基本的に生活者に商品やブランドを知ってもらい、記憶に残すことを考えてきた。しかし、生成AIが商品選びに介在するようになれば、人だけでなく、AIにも自社の商品を正しく認識してもらう必要がある。

「これからは人とAIと両方に対して考えていかなければいけない。企業はこれまでと比較して2倍大変になります」
しかも、人とAIでは蓄積すべき情報も異なるという。
「AI側は、より機能価値と親和性が高いと思っています。スペックや数字など、論理的に比較できる情報ですね。
一方で、デザインだったり、商品に込められた思いだったり、ブランドの思想だったりするものは、人間側に蓄積しておく。そういう情緒価値の部分です」
AIには商品のスペックや機能、客観的な数字など、商品を正しく理解・比較するための情報を届ける。一方、人にはデザインやブランドストーリー、商品に込めた思いなどを通じて、「好き」「気になる」という記憶を残していく。
つまりAI時代のArchiveでは、「AIに何を蓄積するか」と「人に何を蓄積するか」を分けて考える必要があるということだ。
「これまでは、とにかくいろいろな情報を広告で伝えようとしていました。でも今後は、何を人に残して、何をAIに残すのか。蓄積する情報の種類も戦略的に考える必要があると思います」
さらに重要になるのが、情報を届けるタイミングだ。
「これまで広告のプランニングって、キャンペーン型が多かった。新商品発売のタイミングで広告を出しましょう、という考え方ですね。でも蓄積は、どちらかというと“オールウェイズオン”でやっていく必要があります」
オールウェイズオン。つまり、新商品の発売時など特定のタイミングだけ広告を展開するのではなく、日頃から継続的に生活者との接点をつくり、情報を届け続けるという考え方だ。商品が必要になった瞬間に広告を届けるのではなく、まだニーズが顕在化していない段階から継続的に情報を蓄積しておく。
そして、平時から人の記憶に残るコンテンツや体験を提供しながら、AIにも正確な商品情報を届け続けておく。
「欲しくなった人にどう売るか」ではなく、「欲しくなる前に、人とAIに何を蓄積しておくか」。
生成AIによって商品選びが変わるということは、企業のマーケティングの“始まるタイミング”そのものも変わっていくということをAIJESは示唆している。
取材・文/峯亮佑 撮影/干川修




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