「結婚式を挙げない(ナシ婚)」層が増加し、市場縮小が叫ばれて久しいブライダル業界。そんな逆風のなか、岡山県倉敷市を拠点に驚異的なV字回復を果たし、独自の存在感を放つ企業がある。株式会社サムシングフォーだ。
代表取締役を務める岸本裕子氏は、かつて「債務超過・社員ゼロ」という絶体絶命の危機に直面しながらも事業を再建。さらに、単なる挙式にとどまらない新たなブライダル文化「理念式」を世に送り出している。崩壊寸前の組織をどのように立て直し、なぜ「結婚式を挙げない」時代に選ばれるサービスを生み出せたのか。その軌跡と裏側にある経営哲学に迫った。
絶体絶命の危機:債務超過と全社員の退職、そして組織崩壊
岸本氏がサムシングフォーの前身である母親の会社にジョインしたのは1999年のこと。前職の広告代理店での営業職を経てウェディングプランナーとなり、順調にキャリアを重ねていた。しかし、別会社での式場立ち上げ・運営に数年間携わった後、母の病気をきっかけに会社に戻ってきた時に待っていたのは、「債務超過」という現実だった。その状況を知ってか知らずか、かつての同僚や信頼していたスタッフたちが、次々と会社を去り、「社員ゼロ」のマイナススタートだった。
「当時のことはあんまり覚えていない。不思議ですがあまりに苦しいと人間って忘れてしまうんですかね。ただ、悔しさと、『これから、どうやっていこう』という不安が大きかった。でも、この会社がなくなった方がいいって思われているなら、『絶対残さなきゃ』と思いました。もう泣いてる暇も落ち込む暇もないので、やるしかないなっという感じでした」(岸本氏)
直ちに現金を稼がなければ倒産してしまう。岸本氏は知人や友人に手伝ってもらいながら、なりふり構わず1件1件の受注を積み重ねていった。
そして、逆転の一手として勝負に出たのが、岡山県倉敷市の歴史的景観地区である「美観地区」での式場オープンだった。江戸時代の建物をリノベーションする構想を抱き、資金繰りが極限のなか、3ヶ月という超突貫工事を強行。式場がオープンした10月から12月まで、繁忙期ということもありほぼ毎週末結婚式が行われた。
しかし、急ごしらえで採用した未経験の新卒スタッフや知人プランナーを中心とした体制では、すぐに歪みが生まれ始める。
「教育する時間もなかったので、それはもうめちゃくちゃですよね。残業もすごく多くなっていたし、人間関係のトラブルも尽きなくて。スタッフを全員集めて、泣いて話したこともありますね。『気持ちは分かるけど、1組1組の、目の前にいるお客様のためにと思ってやり切ってくれないか』みたいな感じで、なんとか収めながらやってもらっていました」(岸本氏)
売り上げは一時的にV字回復し、債務超過から一気に億単位の売上高へと駆け上がったものの、社内は摩擦と混乱で疲弊しきっていた。
「悪いのは社員ではなく、社長の器」
売り上げが伸びても収まらない社内の混乱。売上を作っている自負と、現場からの不満との間で葛藤していた岸本氏に、大きな転機が訪れる。経営者セミナーへの参加だった。
「最初は社員教育について学ぼうと思って経営者セミナーに参加しました。だけど、従業員が育たないのが悪いのではなくて、悪いのは社長なんだということが初めて分かったんです。“経営者の器が会社の器”なんだなと。頭を殴られたような衝撃でした」(岸本氏)
そこで岸本氏が取り組んだのが、会社の「企業理念」の策定と浸透だった。
「現場から『どうしたらいいですか?』という言葉をよく聞いていたんです。理念ができることで、会社の上位概念ができる。だから『私がどうこう』と言うよりも、『私たちはこれを大事にしてるよね』という風に、主語が変わっていきました。それにより、料理を作っているわけではなくて、料理を通して幸せを創っているんだと思えるようになりました」(岸本氏)
理念という明確な軸ができたことで、現場の自律的な判断が増え、部署間の壁も解消。組織は急速に一体感を取り戻していった。
新市場を開拓した「理念式」誕生の裏側
会社の組織改革を進めるなかで、岸本氏はブライダル業界全体のあり方や「結婚式」そのものの存在意義に対して深い疑問を抱くようになっていた。
「結婚式をプロデュースして、何周年かのお祝いのはがきを出し続けていると、戻ってくることもあるんですよね。なかには『離婚したので送られると迷惑です』といった方もいて。どれだけ良い結婚式を挙げたとしても、そこから先の人生を約束するものではないんだなと思うと、すごく無力感を感じました。演出ばかりが先行している結婚式を見ながら、『何のためにやってるのかな』と、結婚式そのものへの疑問も感じていたんです。よく考えた時に、結婚式は何のためにするんだろうと思ったら、すべては『これからの幸せな人生のため』だよねと」(岸本氏)
この無力感と疑問からひらめいたのが、「企業理念」を「夫婦」に応用するという斬新なアイデアだった。
「夫婦にも理念があることで、たとえ価値観が違ったとしても『2人の幸せのため』という選択ができるのではと考え身近なお客様からスタートしました」(岸本氏)
こうして生まれたのが「夫婦の理念」であり、それを誓う「理念式」だった。単に式を挙げるだけでなく、ウェディングプランナーによる3時間のヒアリングを通じて、2人が大切にしたい価値観や人生の問いに向き合い、言葉を紡いでいく。これまで600組以上の夫婦が理念を作成し、140件以上の「理念式」が行われてきた。そして、そこから生まれた変化は夫婦間だけにとどまらない。母子家庭で育ち、家庭に対して良いイメージを持てずにいたカップルが「自分たちが『愛の木』となり、幸せの源泉になる」という理念を掲げて理念式を行った際には、家庭環境の辛さから長年疎遠になっていた兄弟が式に参列し、2人の思いを知って家族の絆が再開したというエピソードもある。
また、「家族思い」という理念を掲げたカップルの夫が、パチンコに行こうとして「これは家族思いの行動だろうか」と自問自答し、遊興を断って家族との時間を優先するようになったなど、日常の行動基準として深く機能している例もある。これまで理念式を挙げたカップルの離婚率はゼロだという。
岡山・倉敷から発信する新しい結婚文化
自らの離婚経験や破綻寸前だった会社経営の苦難、そして「会社に理念があることで救われた」という実体験があったからこそ、岸本氏は「理念式」という唯一無二の価値を生み出すことができた。
「もし最初から会社が順調で問題もなかったら、このサービス自体生まれてないでしょうね。私自身も離婚しているので『夫婦の理念があったら、今とは違う選択をしていたかもしれない』と思うことがあります」(岸本氏)
そして、絶体絶命の危機から自社を救ってくれた地元・倉敷という土地への感謝も、事業を推進する大きな原動力となっている。
「この倉敷という景観や町があったから、それを活かして結婚式を執り行うことができた。辛かった時に助けてもらえた。だからこそ、この町で結婚式をし続け、『この町にサムシングフォーがあって良かった』と町の人に思ってもらえるようになりたいと思っています」(岸本氏)
債務超過・社員ゼロという絶体絶命の崖っぷちから、企業理念によって組織を再生させ、さらには「夫婦の理念」という新たな市場を拓いたサムシングフォー。同社が提唱する「人生のための理念式」は、これからの時代のブライダルだけでなく、組織やパートナーシップのあり方に大きな一石を投じるかもしれない。
【取材協力】
株式会社サムシングフォー
代表取締役 岸本裕子氏
https://something-for.com/
取材・文 / 岡のぞみ
【仕事の裏側】年間約1万アイテムを販売する東北楽天ゴールデンイーグルスのグッズ企画担当・野口翔雄さん
気になる”あの仕事”に就く人に、仕事の裏側について聞く連載企画。第22回は、「東北楽天ゴールデンイーグルス」のグッズ企画・製造を統括するマーチャンダイジング部商…




DIME MAGAZINE



















