ある飲食店に勤める勤続15年のベテランパートの佐藤さん(仮名)。店舗の業務から仕入れの段取り、混雑時のトラブル対応まで熟知している佐藤さんは、同僚からも「困ったら佐藤さんに聞けば大丈夫」と頼りにされる存在です。最近、新しく入社1年目の若手正社員が着任しましたが、店舗の実務に不慣れなため、佐藤さんが業務を一から指導する日々が続いています。
しかし、ある日佐藤さんはショックを受けます。店舗を仕切り、新人正社員を教えている自分の時給は1,350円。一方、教えられている側の若手正社員は月給28万円で、さらに年2回の賞与も支給されることを知ったからです。「教える側の私が時給制で、年収にすれば倍近くの差があるのはなぜ?」と納得がいかず店長に相談したところ、返ってきたのは「まあ、パートだからしょうがないでしょ」という一言でした。長年愛着を持って働いてきた仕事に対する佐藤さんのモチベーションは、一気に下がってしまいました。
この佐藤さんのケースは、決して特別な例ではありません。いま日本の多くの職場で、同じような「不公平感」と「不満」が渦巻いています。
パートの約7割がモヤモヤしている「不合理な待遇差」の実態
人手不足が深刻化する労働市場において、パートタイマーや有期雇用労働者は企業活動を維持するために不可欠な戦力となっています。東京都の「令和7年度 パートタイマーに関する実態調査」によると、都内の非正規労働者は雇用者全体の3割強を占め、その約半数をパートタイマーが占めています。
※参考:https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/data/koyou/jouken/r7
しかし現場では、正社員と同等以上の業務や責任を担いながらも、雇用形態の違いだけで待遇に大きな差がつけられている現状に、多くの労働者が強い不公平感を抱いています。同調査によると、現場で働くパートタイマーの約7割が正社員との間に何らかの「不合理な待遇差」を感じており、基本給・賞与・退職金等の待遇差についてモヤモヤとした疑問や不満を抱えたまま業務に従事しているのが実態です。
一方で、パートタイム・有期雇用労働法により、企業には正社員と非正規雇用労働者との間の「不合理な待遇差の禁止」が義務付けられました。しかし、厚生労働省の「令和3年 パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査」によると、同法の施行以降に待遇差の是正や対応を行った企業の割合は28.5%で、「もともと待遇差はない」とする企業(28.2%)を合わせて全体の6割程度になっています。
※参考:https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/170-1/2021/dl/houdou.pdf
多くの企業で対応が遅れていること、そして佐藤さんの勤務先の店長のように待遇差が存在する合理的理由を説明できない管理職が多いことが、現場の不信感を増幅させる原因となっています。
不満が集中するのは「基本給・賞与・退職金」
パートタイマーが抱く不満の中で最も大きな割合を占めるのが、「基本給」「賞与」「退職金」などの金銭的処遇です。先程の厚生労働省の調査において、見直しを行った企業が改定した待遇内容は「基本給(45.1%)」や「有給の休暇制度(35.3%)」が多く、賞与や退職金の見直しは限定的です。この正社員との待遇差を巡っては、近年最高裁判所による重要な司法判断が出されています。(大阪医科薬科大学事件・2020年10月最高裁判決/日本郵便格差訴訟・2020年10月最高裁判決)
これらの判例が示しているのは、「パートだから」という一律の取扱いは認められないということです。手当や制度ごとに「どのような目的・趣旨で支給しているのか」を明確にし、パートタイマーの働き方と照らし合わせて不合理と認められる相違を設けてはならないとされています。
「パートだからしょうがない」は通らない!説明義務と無期転換ルールのリスク
パートタイム・有期雇用労働法第14条第2項では、パートタイマー等から正社員との待遇差の内容や理由について説明を求められた場合、事業主は理由を説明する義務があると定めています。説明を求められた際に「パートだから」と一蹴することは説明義務の不履行にあたります。さらに重要な点として、2026年10月からは、雇入れ時や契約更新時の労働条件通知書に「待遇の相違の内容・理由等に関する説明を求めることができる旨」を新たに追加しなければなりません。これにより、多くのパートタイマー等から説明を求めてくることが想定できますので企業として適切な対策をとっておく必要があります。
※無期転換ルールと2024年4月改正ルール
有期雇用の安定を図る「無期転換ルール」は、同一事業者との通算契約期間が5年を超えた場合に、労働者の申込みによって無期労働契約へ転換できる仕組みです。しかし、有期契約労働者の約4割(39.9%)が「知らない」と回答しています。https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000824814.pdf
こうした課題に対応するため、2024年4月から労働条件明示ルールが改正され、下記を明示しなければなりません。
・就業場所・業務の変更範囲の明示
・更新上限の有無と内容の明示
・無期転換申込機会および転換後労働条件の明示
無期転換の発生を恐れ、通算5年が経過する直前に一方的に雇止めをする事例も散見されますが、雇止めが無効と判断されるリスクがあります。
トラブル予防から人材定着へ。社労士が提案するチェックポイント
ベテランパートの不満や離職を防ぎ、法令遵守と人材定着を両立させるために、企業が取り組むべき4つのチェックポイントを提案します。
(1) 労働条件通知書の全面点検
2024年4月の明示ルール改正に加え、2026年10月より義務化された「待遇差の内容・理由について説明を求めることができる旨」の追加が適切に行われているか、自社の労働条件通知書を点検します。
(2) 賃金・手当体系の再点検と待遇差の理由整理
正社員とパートタイマー等との間の手当や制度の差を洗い出し、「なぜその手当を正社員に支給し、パートタイマー等には支給しないのか」という支給趣旨・目的を明確に整理します。説明がつかない手当は対象を拡大するか体系を見直し、労働者から説明を求められた際に誠実かつ納得感のある説明ができる体制を整えます。
(3) ライフステージに応じた無期転換制度の設計
実態調査によると、無期転換後の働き方に不満を持つパートタイマー等の34.5%が「頑張ってもステップアップが見込めない」と感じている一方で、従来の正社員のような「重い責任や残業、転勤」を懸念して転換を躊躇する層も存在します(15.8%)。
これらの結果から、「雇用期間だけを無期にする」運用から脱却し、「勤務地限定正社員」「短時間正社員」といった制度や、複数の雇用コースを設計することが効果的な場合もあります。ライフステージに応じた働き方ができる仕組みを構築することで、佐藤さんのようなベテランパートの離職を防ぎ、エンゲージメントと組織の成長性を同時に高めることができます。
(4) 現場管理者への法理解と教育徹底
どれほど本社が制度を整えても、現場の店長が「パートだからしょうがない」という意識ではトラブルを防げません。現場の管理者に対して労働法の基礎知識や理由説明義務の重要性を研修等で徹底周知し、日頃から誠実な労使コミュニケーションが取れる職場環境を構築します。
企業の成長にはコンプライアンス遵守と労使の協調が欠かせません。従業員一人一人がそのライフステージに合わせた働き方を選択でき、能力を最大限発揮できる環境を整えることがこの人手不足時代を勝ち抜くための人材戦略となります。佐藤さんのような優秀なベテラン労働者が意欲と安心感を持って長く活躍できる職場づくりに向け、自社のコンプライアンスチェックと制度構築を進めていきましょう。
文/和賀成哉
わが・なるや。社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所 OS局局長。2007年11月に不動産業界から転職して社会保険労務士法人大槻経営労務管理事務所に入所。入所以来、主に5000名超の大企業を中心にアウトソーシングサービスに従事し、2016年1月 大規模法人アウトソーシング事業部の部長に就任。2017年3月 業務執行役員に就任。2021年4月OS局局長に就任。人事担当者向けの労務講座の講師や管理職研修の講師も行う。https://otuki.info/




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