ヘラルボニー(岩手県盛岡市、代表松田崇弥氏、松田文登氏)は主に知的障害のある作家のアート作品をデータ化し、クリエイティブを通じた企画・プロデュース、国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」の主催など、アートを軸に多⾓的な事業を展開し、新しい文化をつくる日本のクリエイティブカンパニーである。代表の松田崇弥さんは放送作家の小山薫堂さんと2024年に行われた第2回「DIME Business Trend Summit」にて対談し、ヘラルボニー起業の背景などを語ってくれた。
放送作家・小山薫堂とヘラルボニー松田崇弥が本音でトーク「多様性の時代に求められる企画力」スペシャル対談動画、配信中!
一貫してモノ・ヒト・コトに関するトレンドを深堀りして、ヒット商品やトレンドの背景に何があるか取材してきたビジネストレンドマガジン『DIME』とWebメディア『@…
同社は今年8月から障害のある作家が描いたアートのライセンスを提供し、デザインに取り入れた白衣など医療用ユニフォームの展開に協力している。メディカルアパレルブランドのクラシコ(東京都港区、代表大和新氏)との共創プロジェクトで、クラシコ社が衣料の他、ペンやハサミを入れるポーチなど仕事で使えるアクセサリーなど全13アイテムを開発・販売した。医療現場での緊張感をやわらげ、病院内に笑顔をもたらすウェアは、どのように作られたのか。商品の紹介や、企画・コラボレーションの背景を聞いてみた。
取り入れられやすいデザインに
最初になぜ、このアイテムとなったのか、ヘラルボニー執行役員 兼 アカウント事業本部統括 國分さとみさんに聞いてみた。最初はクラシコの中心商品である白衣とスクラブを軸に、医師や看護師をはじめ、さまざまな立場の医療従事者が取り入れられるラインアップを考えたと言う。その一方で、勤務先のルールなどによって白衣やスクラブを自由に選べないケースもある。そこで、普段のウェアに加えられるポーチやカードケース、ストラップも展開し、それぞれの環境に合ったかたちで身につけられるようにした。
実際にウェアを製造したクラシコ代表の大和新さんによると、医療従事者が日常的に着用する白衣・スクラブに加えて、今回はアクセサリーまで展開したのがポイントだと言う。「大きな病院では、白衣やスクラブは病院から支給されることが多く、自分では選べない方がたくさんいます。そういう方にもアートを身につけてほしかった。ストラップやカードケースなら、いつものユニフォームのままでも取り入れられます」と病院側の事情にも配慮している。
今回は医療用スクラブを4名の作家それぞれの彩りを活かして展開。1人でも多くの医療従事者にフィットする選択肢を増やし、別々のアイテムとしているが、それも医療現場に配慮した結果だった。「現場では、年齢も性別も職種も違う人が働いています。明るく華やかな色から、ネイビーやボルドーのような落ち着いた色まで揃えて、一人ひとりが自分に合うものを選べるようにしました」と、着る人に寄り添ったウェアになっていた。
さらに大和さんによると、単にアートを服に「のせる」のではなく、アートに合わせて服をつくったことが大きな特徴の一つだと教えてくれた。「どのアートのどの部分をどこに配置するか、ハンガーにかけたときや袖をまくったときにどう見えるか。そこまで考えて設計しています」(大和さん)。
「一番難しかったのは、アートの魅力を損なわずに、現場で本当に着られるものにすることでした。柄の大きさは、社内で何度も試着して決めました。少し大胆なくらいにしたのは、患者さんとの会話のきっかけになってほしいからです」(大和さん)。
医療従事者だけでなく患者さんの気持ちも上げていきたい
クラシコでは創業以来、医療用ユニフォームを提供し続けてきた。従来製品との一番の違いは、届く範囲の広さだったと言う。
「これまでのクラシコの白衣やスクラブは、着る医療従事者の気持ちをあげることが中心でした。今回は、作家のアートが白衣やスクラブを通して、病院という空間や、そこで過ごす患者さんの体験にまで広がっていく。そこが新しいと思っています」とヘラルボニーとの共同開発の意義を語っている。
「私どもでもこれまでIPなどとのコラボ(Scrub Canvas Club)もやってきましたが、あちらはすでに多くの人に愛されているIPをスクラブに落とし込むものでした。今回は、一人ひとりの作家さんの表現そのものが主役となります。機能美とアートをどう両立させるかを、ゼロから考えました」(大和さん)。
商品コンセプトに込められた想いを感じる
今回の商品コンセプトは「医療現場に、彩りを。」である。ヘラルボニーの國分さんはこのコンセプトにした理由について、「クラシコの機能美と、ヘラルボニーの作家が生み出す異彩を掛け合わせ、毎日身にまとう医療服に、確かな品質と心を揺さぶるデザインを届ける。
着る人の気持ちを動かし、医療現場の価値観や景色を変えていきたいという想いから、『医療現場に、彩りを。』という言葉が生まれました」と教えてくれた。
一方、クラシコの大和さんによると、働く人の体温を上げたいという気持ちがあったと言う。「私どものミッションは“医療現場に、感性を。”です。今回はそれを、ヘラルボニーさんと一緒に、もう一歩具体的な言葉にしたいと考えました。
“彩り”には二つの意味を込めています。ひとつは、一人ひとり違う色。作家さんの表現はそれぞれ違うし、医療現場で働く人も、患者さんも一人ひとり違う。その違いが、そのまま色になるイメージです。
もうひとつは、人の体温です。医療現場は清潔さや安全性、効率が求められる場所なので、どうしても無機質になりやすい。そこに生身の人が描いたアートが入ることで、景色に温度が戻る。そんな思いを込めています」。
実際、医療従事者の労働環境やメンタルヘルスに関する課題は業界内で議論されることが多く、一般社会からは可視化されにくい状況にある。医療の質を高めるためには、医療従事者が誇りと喜びを持って働ける環境 整備が不可欠でもある。
今回ヘラルボニーとクラシコは、「ユニフォーム=身にまとう人々の感情や価値観、その人らしさを表現する大切な存在」と捉え、単なる仕事着ではない、着ることで仕事への自信や誇りを高められるきっかけを届けたいという考えから共創に至っている。
機能性、効率性、安全性に配慮しながらも、作家のアートから伝わる「ヒューマンタッチ」の力で医療現場の「温度と感度」を上げ、着る人の心が動くことで仕事へのモチベーションが高まり、患者との間に温かいコミュニケーションが生まれていくことを目指したウェアだった。
病院で身体も心も元気になる
大和さんは今回の共創に至るまで、ヘラルボニーに関する書籍を読んでいた。工事現場の仮囲いにアートを入れて、鑑賞の対象ではなかったものを、作品として関心を寄せられるものに変える取り組みに感動して、「アイデアがすごい」と感じたと言う。
「私は医療現場も同じだと思ったんです。病院は、誰もが不安を抱えて入る場所です。でも本来は、体だけでなく心も元気になれる場所であってほしい。その後、社員同士のつながりから両社のメンバーで食事をする機会があって、そこから一気に話が進みました。
もうひとつ共鳴したのは、“かわいそう”ではなく、純粋に価値があるものとして届けるという姿勢です。市場からではなく、思想から始まっている。そこはクラシコもヘラルボニーも同じだと感じました」(大和さん)。
「ヘラルボニーの契約作家さんのアートには、一つひとつの作品の魅力を超えた、言葉にしにくい強さがあります。何人もの作家さんの作品が並ぶと、美術館のようにも見える。この力があれば、白衣やスクラブにとどまらず、病院の景色そのものを変えられるかもしれないと思いました。
売れるかどうか以上に、クラシコとして何をやるのかが問われるプロジェクトだと考えて、かなり攻めた商品づくりをしています」と大和さん。
とはいえ、実際の商品開発には苦労したようだ。アートを尊重するヘラルボニー側ではコンセプトや商品との相性を踏まえて作品を提案し、クラシコ側とともに、どの作品をどのアイテムへ落とし込むと最も魅力が生きるかを細かく検討したのである。
さらに作品を生地へプリントするだけでなく、作品ごとに合わせて、カッティングやパーツの配置、刺繍とプリントの使い分けなどを調整している。さらに重要な医療服として必要な機能であるストレッチ性や透けにくさ、動きやすさを検証した。
逆にクラシコ側ではアーティストありきで始めたと言う。「ヘラルボニーさんの契約作家の方々の作品を見せていただき、両社で話しながら選んでいきました。選ぶときに大事にしたのは、医療現場の多様性です。年齢も性別も職種も違う人が働いているので、タイプの違う4名の作家さんの5作品を選びました。
たとえばmarinaさんの作品は、企画チームで見た瞬間に“これいいね”と満場一致で決まりました。怖さや圧迫感がなく、軽やかで、見ているとワクワクする。医療現場に合うと感じました。そこから、アートに合わせて服を設計し、作品のどの部分をどこに配置するか、柄の大きさをどうするか。試着を何度も繰り返しました。プリントや刺繍で原画の色を再現するのも簡単ではなく、生地メーカーさんや刺繍の工場さんと何度もやり取りして仕上げています」と、企画から約一年かけて、実現させたモデルは、現在、医療現場で多くの人々に着用されている。
「今、発売から1か月ほどですが、うれしい声をたくさんいただいています。白衣を購入された方からは『周りから大好評で、おしゃれな白衣をヒラヒラさせて働いていたら、久しぶりに仕事が楽しかった』とか、『装いひとつで自分まで力づけられるんだと思った』という声をいただきました。まさに私どもが期待していた通りの言葉であり、本当にうれしいです。
アクセサリーも、現場で使ってくださっている声が届いていて、ストラップは『幅が広くて肩や首の負担が少ない』や、『名札をポケットにしまうときも、首から外さず斜めがけで対応できる』と、使い勝手の面でも評価をいただきました。さらにポーチも『ポケットにすっぽり収まる』とサイズ感も良かったようです。アートの楽しさだけでなく、毎日の仕事の道具として選んでもらえているようです」(大和さん)。
大和さんは開発の段階で印象に残っている声があると言う。病院の看護師さんに試作品を見せて意見を聞いたところ、「これだったら、ぜひストラップが欲しい。つけたら明るくなりそう」と言われてハッとした。ユニフォームは選べなくても、アートを身につけたい人がいることに気付いたきっかけだった。「アクセサリーをつくってよかったと感じました」と振り返る。「これからも患者さんやご家族からの反響は、丁寧に集めていきたいと思っています」としている。
さらにクラシコではウェアやアクセサリーだけでなく、病院の中にもアートを広げていきたいと考えている。「ゆくゆくは、たとえば入院病棟のカーテンや、検査機器のまわりなど、患者さんが不安を感じやすい場所の景色を変えられたらいいなと。そしてまた、医療従事者だけでなく、患者さん含む一般の方にも良い影響を与えるものもつくりたいと思っています。医療の現場と社会をつなぐきっかけになればうれしいです」(大和さん)。
癒しだけでなく真の多様性の実現へ
ヘラルボニーでは医療現場にアートを取り入れた意義について、従来のケアする側とされる側の立場を超えて、コミュニケーションを広げた点を挙げてくれた。私たちはどうしても障害者はケアされる人だというイメージが強いが、障害者の作品が健常者や医療従事者といったこれまでケアしてきた人を元気づけ、癒してくれた。アートにより、固定されていた役割が逆転したことが意義深いと國分さんは言う。
「どうしても医療従事者はケアする側で、病院では役割が固定されてしまいます。でも、アートの力で、ケアする側がケアされる側になっていく。今回の新商品は共生社会での大きなチャレンジのひとつでもあり、固定された視点を超え、想像性をもって人々が共存できる社会が実現していく。わたしどもが目指す、真の多様性社会が実現するきっかけとなっていると思います」。
さらに、起用したアートも抽象的で、見てもらう人に明るく落ち着いた気持ちになるようなバランスで配置されている。ヘラルボニーではアートからいろいろな人との会話が生まれることも期待している。
さらにアートの力について、大和さんは病院の変化とともにその力が発揮される時がきていると感じている。
「今までは医療従事者が着るものは支給されたものがあたりまえ、という感覚だったのが、変化してきています。患者側の意識や病院のサービスそのものも変わってきて、働く場所としての意識も変わっている。
さらに病院は地域に根付いて門戸を開いているものですが、病気になった時に行く場所ではなく、日常的に接点を持って、病気を予防したり、学ぼうという動きも出てきています。今はその変わり目にあるのかな、と感じています。そういった良い変化を大きな潮流にしていくために、アートが力を貸してくれるようにも感じます」(大和さん)
南相馬市立総合病院でのホスピタルアートイベントを開催
今回の発売を機に、医療現場そのものに感性を届けるプロジェクトを福島県・南相馬市立総合病院と連携して行っている。9月27日のオープンホスピタルでは、ヘラルボニー契約作家の輪島楓さんとともに、参加者が自分の大切なものを折り紙や切り絵で表現する参加型ワークショップを実施した。そこで生まれた創作物を一部組み合わせ、デザイナーがホスピタルアートとして再構成する予定だ。
来年2月頃にホスピタルアートの完成披露を目指している。病院スタッフや患者さん、地域の人々が、つくる過程に参加することで、病院への愛着や、人と人との新しいコミュニケーションが生まれることを目指した。
今回の参加者はアーティストの輪島さんと同じ道具を使い、自分の宝物や物語を「光の粒」のようなピースにしていった。全3回の開催だったが、すべて満員で、地域のお子さんやスタッフの家族などに大好評だった。
作品は大きな窓から光が差し込む正面廊下の装飾に活かす予定である。ユニフォームだけでなく、病院で過ごす時間そのものに感性を届ける。大和さんはその最初の一歩になったと感じていると教えてくれた。
文/柿川鮎子




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