うつ病を発症し、正職員では働けなくなった。学童保育と友人の掃除の手伝いを掛け持ちして、月収はたった10万円ほど。子どもも独立し、この先どう生きるかを考えなければならない。
そんな女性が家事代行業をはじめ、たった10か月で月140万円を稼ぐまでに達したという。身につけたのは新しいスキルではない。長年「できて当たり前」だった料理と掃除を、誰に、いくらで売るかを変えただけだ。何が起きたのか、せいせいさん(59歳)に話を聞いた。
月収10万円からの再出発
せいせいさんは、保育園の栄養士として20年近く働いてきた。しかし2019年ごろ、うつ病を発症してそれまでの働き方ができなくなってしまった。
「病気で正職員では働けなくなり、保育園の調理をパートで続けた時期もありましたが、それも次第に体力がもたなくなっていきました。それで勤務時間の短い学童保育に移り、その収入が月7万円ほど。それだけでは足りないので、友人の掃除の仕事を手伝わせてもらって月2~3万円。月収は10万円あるかないかでした」
子どもも独立し、これからの人生を自立して生き抜くためにこのままでいいのかと悩み抜いたせいせいさんは、2025年5月、一念発起してビジネススクールに通い始めたという。そこでアドバイスされたのは、意外にも「料理」だった。
「私は料理の仕事を辞めてきたのに、どうしてまた料理なの?と思いました。できれば子どもの支援につながるビジネスができたらいいけど、まったく未経験な分野に挑戦する覚悟もあった。なのに、『料理で何かできないか考えてみて』と言われたときは、正直拍子抜けしましたね。
それに、料理なんて競合の多いテーマでいまさら何をすればいいのか。子ども食堂はボランティアだから収入にできないし……とか考えていたとき、偶然、友人から麹料理の教室を頼まれたんです。講師代として3万円のギャラをいただいたとき、『これだ!』と思いました」
時給1400円の仕事を、1日3万3000円で売る
麹料理教室をきっかけに、せいせいさんは2025年9月に自分で料理のサービスを始めた。友人向けに1回1万円の個別料理教室を開いたが、依頼は年に3~4回。とてもビジネスとはいえないものだった。
「いろいろ調べてみると、料理も掃除も片付けも1人が1日でやるサービスがほかにほとんどなく、これはチャンスだと思いました。なぜなら、掃除は友人の仕事を手伝って続けてきたことですし、片付けはずっと自宅でやってきた得意分野。料理だけでなく、家事代行業にサービスを拡大してみようと考えたんです」
家事代行で働くスタッフの時給は、求人サイトの集計で平均1400円ほど。一方、せいせいさんは生計を立てることも考え、料金を1回3万3000円に設定した。時給に直せば5500円で、大手に頼むより高い強気の価格だ。それでも「家事を1日まるごと任せたい人はいるはず」と踏んだが、値段をつけることと、それを売ることは別物だった。
「もともと対人関係にも苦手意識があったので、営業が怖くて……。でも、覚悟を決めて電話をしてみたら、すんなり話がまとまってしまった。それが2025年10月末のことです。4回で13万2000円のところを、はじめてのお客様には特別に10万円にして。それでも1回の仕事で今までの月収分。そこから少しずつ感覚が変わっていきましたね」
需要はあるという読みは、見事に当たった。はじめてのお客様を皮切りに、依頼は少しずつ増えていく。お客を増やしてくれたのは、片付けの仕上がりだった。
「物を減らすだけじゃなくて、収納の寸法に合わせてきれいに収めるのが、私は得意だったんです。それをお客様の家でやったら、想像以上に喜ばれて。一人のお客様から2人を紹介していただいて、そこからまた2人。そんなふうに口コミで広がっていきました。途中からは、経営者の方など、自分で家事をする時間を外に任せたい方を主なお客様に考えるようになりました。『誰にでも安く』ではなく、時間に価値を感じている人に届ける。いちばん大きかったのは、値段の決め方だったと思います」
続けてもらうための工夫もある。初回のあとには3回9万円の割引チケットを用意するなどして、単発の依頼を月ぎめの仕事に変えていった。家事代行による月の収入は、2026年4月の時点で契約ベースで90万円近くにまで伸びたという。
140万円の中身と、59歳の体
ただ、もともとはうつ病で体力が落ちていた身だ。がむしゃらに走り続けてきたが、59歳という年齢もあり、体に無理がたたってきた。
「現場は1日1件で、朝8時に家を出て、帰るのは夕方6時。それを週に3日から5日です。59歳の体で、病気もあるし、これ以上現場を増やすのは正直きつくなってきました。それで『私と一緒にやりたい方はいませんか』と声をかけたら、手を挙げてくれた方がいて、料理の一部を任せ始めました。さらに、自分でもビジネスを始めたいから、やり方を教えてほしいと言ってくれる方もいて。私が行けない地域にも届けるなら、人に渡すしかないと思いました」
こうしてせいせいさんは、自分のノウハウを教える講座を新たに開いた。その結果、2026年6月には月の売上が140万円にまで達したという。うち、66万円は弟子育成プランの売上だ。
「できて当たり前」に値札をつける
栄養士としての料理、友人を手伝った清掃、自宅の片付け。59歳で仕事になったのは、どれも新しい能力ではない。せいせいさんが通ったTMCを主宰する中農貴詞氏は、こう話す。
「せいせいさんにとって、料理ができるのは当たり前のことです。でも、当たり前のことに人は値段をつけません。強みを探そうとすると、資格や珍しい経歴を探す人が多いんです。でも本当に得意なことほど無意識にできるので、本人は価値に気づいていない。せいせいさんも、料理や家事を売り物にする発想がありませんでした。そこに気づいてもらいたかったんです」
自分では「できて当たり前」と思っていることが、思わぬビジネスチャンスになるのだ。
【取材協力】
せいせいさん 保育園栄養士を20年近く務めたのち、2025年12月から家事代行を個人で始める。
中農貴詞氏 ビジネススクール「TMC」主宰。せいせいさんが受講したスクールの運営者として取材。
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